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 約束の時間にカフェを訪れると、悠はすでに来ていた。 「蘭、久しぶりだねえ」  色白のふわふわした頬を緩めて、悠が微笑む。悠もまた、オメガだ。昼間は工場、夜は居酒屋と、仕事を掛け持ちする多忙な生活を送っている。なので彼と会うといえば、たいていこの時間帯になる。居酒屋へ出勤する前、悠は唯一体が空くのだ。 「どうしたの。報告だなんて、改まって?」 「――うん」  蘭は、思い切って告げた。 「俺、結婚が決まったんだ。アルファの番になった」  ぽかん、と音がしそうなほどの勢いで、悠は口をあんぐり開けた。 「……そんなに驚くことないだろ」 「いや……、だって。蘭は仕事一筋に生きるって、ずっと言ってたじゃん。アルファの番なんかまっぴらごめんだって。だからびっくりして……」  確かに、蘭は昔からそう言い続けてきた。悠が面食らうのも、無理はない。 「まあでも、蘭ならいつか誰かと結婚するかな、とは思ってたけどね。こんなに綺麗なんだから」 「止せよ」  蘭は眉をひそめた。外見を褒められるのは、苦手だ。中身を評価されたいと、いつも思っている。 「本当のことでしょ。名前どおりだ、蘭の花みたいに華やかだ、って先生たちいつも言ってたじゃん」  蘭は生後間もない頃、『この子の名前は蘭です。どうか育ててやってください』という書き置きと共に、養護施設の前に捨てられたのである。実の親は、名前も顔も知らない。会いたいと思ったこともなかった。とはいえ、懐かしげに瞳を細めている悠を見ていると、蘭も昔に戻ったような気がした。 「それを言うなら、悠だって。優しくて穏やかな性格にぴったりじゃん」  講演会場で偽名を記入する時、『(ゆう)』にしたのは、『(ゆう)』からの連想である。 「で、相手は誰なの? もしかして、稲本さん?」  悠が、瞳をキラキラさせる。蘭は、面食らった。 「はあ? 何であいつと。違うよ。あいつは元同僚で、ダチだって」 「違うの? じゃあどんな人?」  悠は、興味津々といった様子で身を乗り出す。蘭は、勇気を振り絞った。 「悠。怒らないで聞いてくれ。俺の結婚相手は、白柳陽介なんだ」  悠の顔から、笑みが消えた。

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