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「――嘘でしょ?」 「本当なんだ。頼む、話を最後まで聞いてくれ」  蘭は悠に、白柳勲の弱みをつかもうと息子の陽介に接近したところ、急なヒートを起こしてうなじを噛まれてしまったのだ、と話した。 「なぜかあいつ、俺を気に入ったみたいで……。プロポーズされたんだ。どうせなら、白柳家に乗り込んでやろうかと思ってさ。怒らないでくれ、悠のためにも、白柳勲は必ず叩き潰すから」  蘭は、悠の目を見つめて告げた。  悠は、大学三年の時、人生が狂った。ゼミの先輩に、政治家の事務所でのボランティア活動に参加しないか、と誘われたのがきっかけである。政治学を勉強していた蘭は、『自分たちオメガが暮らしやすくなるのもならないのも、政治次第』と、よく悠に話していた。そんな蘭に影響された悠は、参加する決意をした。  当初悠は、他のスタッフ仲間と共に、楽しく働いていたらしい。ところがある時、事務所のボスである政治家に、一人だけ呼び出された。そして、無人の事務所内で、悠はアルファの彼に、無理やり犯されたのである。――それが、白柳勲だった。そして悠は、妊娠した。  話を聞いた蘭は、ひどく憤った。同時に、責任も感じた。  ――自分が、政治の話なんかしたから。そんなこと言わなければ、悠がボランティアに参加することもなかったのに……。  訴えよう、と蘭は言ったが、悠は拒否した。相手は大物政治家だ、どうせ握りつぶされるだろう、と。それに何よりも、悠自身が表沙汰にするのを嫌がったのだ。蘭は仕方なく断念したものの、怒りは収まらなかった。  ――マスコミ業界に入って、政治家たちの、白柳勲の悪行を暴いてやる……。  同じく大学三年だった蘭は、そう決意した。そして必死で就職活動に励んだ結果、見事新聞社に入社したのだが、悠の方は振るわなかった。結局、お腹の中の子は中絶したのだが、その後体調が悪化したのだ。就職活動はおろか、学業を継続することも困難になり、悠は大学を中退せざるを得なくなった。  ただでさえオメガは就職が難しいのに、大学を出ていないとなれば、なおさらだ。正規の仕事に就けなかった悠は、バイトを掛け持ちする生活となった。悠を引き取った養父母も、タイミング悪く事業に失敗したばかりで、悠を助けるどころではなかった。こうして悠は、今に至るのである……。

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