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「――わかった」  しばしの沈黙の後、悠はうなずいた。蘭は、ほっと胸を撫で下ろした。 「陽介先生がテレビで言っていた『運命の番』って、蘭のことだったんだね。……そうかあ、あの人の息子に蘭が気にいられるなんて、奇遇だねえ」  悠は今でも白柳勲のことを、『あの人』と呼ぶ。名前を口にするのも汚らわしいのだろう。悠の心中を慮ると、蘭は胸が痛んだ。 「意外な展開になったけど、利用しない手はないと思ってさ。悠、お前の敵は取ってやるからな?」 「危ない真似はしないでね?」  悠が、不安そうな顔をする。大丈夫だって、と蘭は笑ってみせた。悠は優しく繊細な性格だ。蘭の身を、心底案じているのだろう。  ――本来なら、悠こそアルファの番になって家庭に入るべきだったのにな……。  蘭は、生活にやつれた悠の顔を見つめた。日々食べていくだけで精一杯で、彼は出会いを見つける暇もないらしいのだ。仕事に生きるはずだった自分が結婚して家庭に入ろうとしているというのに、皮肉だと思う。 「うん、安心しろって。……ああ、もう行かないと」  蘭は、時計を見た。そろそろ陽介が迎えに来る頃だ。それじゃ、と伝票を取って立ち上がると、悠はそれを押しとどめた。 「今日は僕がおごるから」 「いいって。急に呼び出したのは俺の方なんだし」  悠の経済事情を配慮して、蘭は理由を付けてはおごってやるようにしているのである。だが悠は、自分が払うと言い張った。 「結婚祝いは改めてするけどさ。取りあえずは、払わせてよ」 「水くさいなあ」  とはいえ、あまり固辞しても角が立つだろう。ここは素直におごられるべきか、と思っていると、背後で声がした。 「蘭。そろそろ行けるか?」  振り向くと、陽介だった。いつの間に、店に入ってきていたのか。店員も客も、彼にくぎづけだ。 「あ、うん……。そうだ、紹介するよ」  蘭は、陽介と悠の間に立った。

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