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「――これ、全部か?」  蘭は、目を丸くした。 「ああ。超特急でそろえた。当座の分だ」 「当座って……、これ以上買う気かよ?」 「当然だろう。いくら表には出ないと言っても、いざという時のために持っておいた方がいい。取り急ぎは、父に会う時の服がいるだろう」 「……昨日着てたやつじゃダメなのかよ?」 「まあ、あれも悪くはないけれど」  陽介は、言いづらそうに言った。 「父は何と言うか、ブランドで人間を判断するところがあるからね。迎合するようで嫌かもしれないが、最初の顔合わせだし、印象を良くするに越したことはないだろう?」  蘭は、試しに一着を手に取った。養親からプレゼントされたスーツも一応ブランド物だったが、こちらは同じブランド品でも格が違う。これを十着もだなんて、総額一体いくらしたのか。勝手に、頭が電卓を叩き始めてしまう。 「言いたいことはわかるけどさ……。いくら何でも、こんな高いのもらえないって」 「気にするな。新妻へのプレゼントだ。……それに、俺がそうしたいんだよ。俺が選んだ服を着せて、俺の色に染めたい」 「ばっ……、気障なこと言ってんなよ!」  殴りかかろうとする蘭を、陽介は素早くかわした。そのままするりと、部屋を出ていく。 「好きなのを着てみろ。さっさと着替えないと、乱入するぞ?」 「――ったく。勝手なことばかり……」  ぶつぶつ言いながらも、蘭は選び始めた。迷ったあげく、初夏らしいグレーのスーツとシンプルな白シャツ、淡いピンクのネクタイに決める。室内には、姿見もあった。身に着けて映してみると、あつらえたようにぴったりだった。 「おい、陽介!」 「着替えたか?」  一応ノックして入ってきた陽介は、蘭を見て笑みを浮かべた。 「俺の見立ては確かだったな。よく似合っている」 「何で俺のサイズを知ってんだよ? 気色悪いやつだな」 「そりゃ、こうやって測ったんだよ」  陽介が、背後から抱きしめてくる。鏡の中で目が合い、蘭は不意に躰が熱くなるのを感じた。

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