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 数分後、蘭と陽介は、白柳家の応接間で、勲と向かい合っていた。 「初めまして。市川蘭と申します」  蘭は、しおらしく頭を下げた。陽介に言われるまでもなく、余計なことを言うつもりはない。実の息子である陽介があんなことを言ったのは、少々意外だったが……。 「まあまあ、そんなに固くならんでよろしい」  白柳勲は、にこやかに微笑んだ。勲は現在六十五歳、与党では幹事長のポストだ。年齢の割には若々しく、渋い魅力さえたたえている。実際、若い頃は今の陽介同様、女性からの人気が高かったらしい。腹の中は真っ黒のくせに、と蘭は内心毒づいた。 「家内不在ですまないね。でもまあ、うっとうしい姑もいないということで、気楽にしてくれたまえ」  軽快に笑った後、勲は蘭をじろりと見た。 「ご実家はIT関係だとか?」  ええ、と蘭は短く答えた。 「それはそれは、時代の最先端を行っておられるな。私ら年寄りには、ちんぷんかんぷんの世界だが。次世代を担うのは、君らのような若者だ」 「ならさっさと引退なさったらいかがですか」  冷たい口調で、陽介が口を挟む。これは手厳しいな、と勲は肩をすくめた。 「蘭さんは、『日暮新聞』に勤めていたんだったな?」  来た、と蘭は身構えた。勲は、知っているのだろうか。自分が圧力をかけて潰した記事を書いた記者が、目の前にいる嫁だと……。 「……はい。もう辞めましたが」 「日暮さんは、いい記事を書くよねえ。他社は、内容のない揚げ足取りばかりだが。たるんどる」  勲は、大げさにため息をついた。そりゃそうだろうさ、と蘭は思った。『日暮新聞』は与党に都合の良い記事しか書かない。蘭の記事の件といい、与党の大物である勲と密接な関係にあるのは、確かだ。 「おっと。もっとお話ししたかったが、私も何かと忙しくてね。そろそろ失礼させていただく」  勲は、チラと時計を見た。 「蘭さん、陽介をよろしく。美人で知性もある人を迎えられて、嬉しいよ。あとは早く、孫の顔を見せてくれたまえ」  早口でまくしたてると、勲は部屋を出ていった。あっけなく対面が終わったことに、蘭は拍子抜けする思いだった。

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