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 勲の気配がなくなると、蘭はほっとため息をついた。予想を上回る慌ただしさだった。詮索されなかったのは幸いだが、こちらが探りを入れるチャンスもなかった。  ――口実を作って、この家に出入りするしかないな……。 「緊張したか?」  ふと陽介の方を見れば、彼は軽く微笑んでいた。 「……別に」 「父には、君が『M&Rシステムズ』社長の子供で、『日暮新聞』に勤めていたことしか話していない。調べようと思えば、勝手に調べるだろうし……。それにしても、案外あっさりしていたな。根掘り葉掘り聞いてくるかと思ったが……。これだから、あの人は読めない」  陽介は、顎に手を当てて考え込んだ。 「……なあ、陽介。今回新居を用意してもらったわけだけど、いずれはこの家に同居するのか?」  蘭は、思い切って聞いてみた。同じ家に暮らせば、何らかのネタをつかめるかもしれない。だが陽介は、蘭の言葉を逆に解釈したようだった。 「したくなければ、する必要はない」 「でも、子供が生まれたら?」 「さっきの父の言葉を気にしてるのか? そりゃ父としては、跡継ぎの男の子、それもアルファが欲しいだろうが、蘭はプレッシャーに感じなくてもいい。俺は自分の意志で政治の世界に入ったが、子供に強要するつもりはないから。そもそも世襲なんて、終わらせたいくらいなんだし」  どう返そうかな、と蘭は思った。あまり露骨に同居したがっても、怪しまれるかもしれない。 「わかった。でもさ、また改めて挨拶には来させてくれよ。……ほら、お義母さんとはまだなわけだから」 「嫌な思いをするのがオチだろうけどね……。蘭は真面目だな」  陽介は、蘭の言葉を額面通り受け取ったようだった。 「なら、母には折を見て……」  その時、陽介のスマホが鳴った。画面を見た彼は、父だ、と眉をひそめた。 「はい。万年筆? ああ、これですか。わかりました、お持ちします……」  陽介は、勲が座っていた椅子をのぞきこむと、ひょいと何かを拾い上げた。電話を切ると、陽介は蘭に万年筆を見せた。 「蘭。父の書斎にこれを届けてくるよ。少し待っていてくれるか?」 「了解」  陽介が、気ぜわしく部屋を出ていく。しばらくしてから、蘭もそっと部屋を出た。こっそりと、陽介の後を追う。万年筆は、口実だろう。勲は、陽介と二人で何か話すつもりだ。  ――聞き逃してなるものか……。

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