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 帰りの車中で、蘭は悶々としていた。  ――『承知しました』だと……?  父親の言うとおり、選挙向けに自分を利用しようというのか。だがそれより腹が立ったのは、陽介が一切蘭を擁護しなかったことだ。これまで蘭がオメガ性を理由に侮辱された時、陽介はいつも庇ってくれたというのに……。  ――もしかして、それが本音か? やっぱり内心では、オメガを馬鹿にしている……? 「蘭、どうした? やけに静かだな」  陽介が、不審そうにこちらを見る。別に、と蘭は答えた。立ち聞きしたことを、勘づかれてはならない。  ――いいじゃないか。こっちだって、陽介を利用して白柳家に入り込んだんだ。  蘭は、自分に無理やりそう言い聞かせた。それでも、苛立ちは収まらない。蘭は、煙草の箱を取り出した。 「吸っていいか?」  陽介は、顔をしかめた。 「止めておけ。妊娠初期かもしれないのに」  そうだ、そう思い込んでやがるんだった、と蘭はため息をついた。早くはっきりさせないと、不自由で仕方ない。 「妊娠してるかどうかって、いつから検査でわかるもんかな?」  そう尋ねると、陽介はどうやら勘違いしたらしい。パッと顔を輝かせた。 「積極的になってくれて嬉しいな。一番早い種類で、セックスから二週間後だそうだ。メーカーは……」  嬉々として検査薬の商品名を告げる陽介を見ていると、蘭はますます陰鬱な気分になった。 「だから、あと一週間もすれば試せる。結果が出たら、すぐに医者に行け。というか、俺に知らせろ。待ち遠しくて仕方ない」  どう返答しようか悩んでいると、タイミングよくスマホが鳴った。見ると、何と稲本からのメッセ―ジだった。 『この前は感情的になって悪かった。市川さえよければ、また協力したいと思っている。実は、白柳勲に関するでかいネタをつかんだ。今日これから会えないか?』  蘭は、思わず陽介の顔色をうかがった。いつも稲本と落ち合うカフェは、ちょうどこの先だ。 「なあ、この辺で降ろしてくれないか?」  蘭は言った。 「こんな所で? アパートまで、まだ大分あるだろう」 「寄る所がある。急用ができたんだ」  陽介を説き伏せて、蘭は車を降りた。稲本は、どんなネタをつかんだのか。期待で胸がいっぱいだった。

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