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「――本気か?」  ああ、と稲本はうなずいた。 「そんな記事を書いたところで、上が掲載してくれるとは思わないからな。だから、週刊誌にネタを売ろうと思う。社にバレたら辞表を出して、転職するかフリーになるかするさ」  確かに週刊誌なら、喜んで政治家のスキャンダルをすっぱ抜くだろうな、と蘭は思った。 「だけど、いいのか……?」 「いい加減、うちの会社と与党の癒着にはうんざりなんだよ。それに、お前とは同志だと思ってるから。お前一人辞めさせて、俺だけがぬくぬくと居座るなんてできない」 「稲本……」  じん、と胸が熱くなる。稲本は照れたのか、それより、と話題を変えた。 「そっちは、何か収穫はあったか?」 「……それが、これといってないな」  蘭はため息交じりにかぶりを振った。 「今日勲と会ったけど、大した話はできなかった。年内に解散する、という情報が入ったくらいだ」 「そうか」  すでに知っていたのだろう、稲本は驚くでもなかった。ごめんな、と蘭は思わず言った。 「大口叩いておいて、何も役に立てなくて」 「まだ潜入したばかりだろう。焦ったら、しっぽをつかまれるぞ」  稲本は、蘭をなだめるように言った。 「結婚の準備は順調なのか?」 「ああ。明日引っ越すんだ。陽介の奴、あっという間に新居を用意したんだぜ。バカ高い婚約指輪もな」 「……ふうん」  稲本はしばらく黙っていたが、やがてためらいがちに切り出した。 「なあ、市川、言いにくいんだが……。その、白柳陽介との子供は、作らないように用心しとけよ」 「――え?」  蘭はきょとんとした。稲本は、蘭の目をじっと見すえた。 「俺は、絶対にスクープを獲って、白柳勲を失脚に追い込む。そうしたら、お前が白柳家に留まる理由はなくなるだろう。なら、陽介とは離婚するよな?」

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