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6 立ちこめる暗雲

「もう、蘭てば。何この部屋!」  翌日、引っ越しの手伝いにやってきた悠は、蘭の部屋の惨状を見て呆れ顔をした。 「しょうがないだろ。急に決まったんだし」 「荷造りのことじゃないよ。何でこんなにゴミが散らかってるのかって言ってんの! 普段から、片付けてないでしょう」  掃除は苦手だ。図星を指されて、蘭は苦笑いするしかなかった。 「要らないものはさっさと処分しないと。ほら、煙草の空箱とか、コンビニのレシートとか……。取りあえず、ここにどんどん捨てていこう」  悠は大きなゴミ袋を広げると、テキパキとゴミ処理を始めた。蘭も今さらながら、段ボールに服や本を詰め込んでいく。引っ越し業者が来るまで、あと数時間しかないのだ。取りあえず、やるしかない。 「あー、二人だけで、終わるかなあ……。陽介先生は来られないの? 今日は日曜でしょ?」  悠が、焦ったように時計を見る。 「何か、イベントだって。向こうの家に着く頃には戻るって言ってたけど」  たとえ暇があったところで、手伝わせられないけどな、と蘭は思った。こんな部屋を見られたら、馬鹿にされること必至だ。 「なら、急ぐしかないか……。って、あっ!」  悠が、大声を上げる。何だよ、と蘭は彼の方を見た。 「ちょっと、蘭! こんな大事なもの、無造作に放置しちゃダメじゃん! 危うく、ゴミと一緒に捨てるとこだったよ」  そう言って悠が差し出したのは、婚約指輪の小箱だった。 「あー……」  さすがにバツが悪くなり、蘭は無言で受け取った。悠は、興味深げに箱を見つめた。 「これって……、あの超高級ブランド!? 僕、初めて見たよ、実物。すごいなあ。陽介先生、蘭のこと本当に好きなんだね」 「違うって。あいつの金銭感覚がおかしいだけだ」  照れくささからそんな風に言ってみたが、悠は真顔でかぶりを振った。 「どうでもいい相手に、こんな物贈らないよ。よかったね、愛されて」 「ちょっ……、何言ってんだよ。話しただろ、俺の目的は白柳家に潜入することだって。愛とか、どうでもいいから」  すると悠は、一瞬黙った。 「……なら、蘭は陽介先生のこと、全く好きじゃないわけ?」 「当たり前だろ。勲の息子なんか、好きになれるかよ」 「……そう、なんだ」  悠は、複雑そうな表情でうなずいた。

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