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「――! これ……」 「君が持ってきた家具の下に落ちていた」  目をつり上げたまま、陽介が言う。 「××薬局……。君と出会った講演会場近くの店だ。何より、購入日時。俺とホテルで別れた、すぐ後に買っている」  陽介は、蘭の肩をぐいとつかんだ。すさまじい力に、蘭は思わず顔をゆがめた。 「君は、黙ってこんなものを飲んでいたのか!」 「――し……、仕方ないだろ。お前が、生でするから……。あの時は、まだ結婚話も出てなかったし。一人で産んで育てろってのかよ……」  陽介の気迫にひるみながらも、蘭はどうにかそう告げた。 「……確かに、俺も言葉不足だった。それは認める。でも、面倒はみると言ったはずだ。それを、勝手に始末することはないだろう。俺に断りもなく!」 「それは……」 「何より俺が怒っているのは、結婚が決まった後も、君がずっと内緒にしていたことだ。俺が気づかなければ、隠しとおすつもりだったのか?」 「……」 「答えろ!」  バン、と壁に向かって突き飛ばされる。はずみで肩を、したたかに打った。痛みをこらえながら、蘭は陽介を見上げた。 「ああ。悪かった……」  陽介の顔が、怒りで紅潮する。 「俺が子供を期待しているのを、知っていてか? 腹の中で、笑っていたのか!」 「違う! そんなつもりはない。ただ、言い出しにくくて……」  陽介が、右手を振り上げる。蘭は、とっさに目をつぶって身構えた。殴られても、仕方ない。自分は、それだけのことをした……。  だが、いつまで経っても予想した衝撃は訪れなかった。おそるおそる目を開けると、陽介は苦しそうな表情を浮かべていた。 「もういい。君は元々、俺を好きで結婚したわけじゃないものな。好きでもない男の子なんて、欲しくなくて当然だろう」 「そうじゃな……」 「なら、俺を好きか?」  蘭は、ぐっとつまった。陽介がいい奴なのは、認める。でも、好きかどうかは、まだわからない。……。  陽介が、くるりと背を向ける。蘭は反射的に、彼に取りすがっていた。 「陽介……」 「俺に触るな」  びしりと、手が払いのけられる。そのまま彼は、寝室を出ていった。

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