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「な、な、何だこの赤ん坊……!」  蘭は、口をパクパクさせた。 「もしかして、俺への当てつけか? それで浮気したとか……?」 「君は、保健体育の授業を受けなかったのか? 子供が生まれるには、十月十日かかるんだぞ?」  陽介が、呆れたように言う。 「なら、誰の子なんだよ!」 「どうでもいいだろう。とにかく、頼むぞ。必要なもの一式は、そこに用意してある」  陽介は、ソファの上を指さした。ベビー用品らしきものが詰まった、大きなバッグが置かれている。じゃ、と出ていこうとする陽介に、蘭は必死ですがった。 「どうでもよくない!」 「蘭。急ぐんだ」  陽介は、こちらを向こうともしない。蘭は、ぽつりと言った。 「……お前の子、なんだな?」 「……」  陽介は無言だった。蘭の脳裏には、稲本の台詞がよみがえっていた。 『アルファは、何人でも番を作れるからな。陽介だって、すでに他に番がいるかもしれないぜ……』  答えないということは、肯定か。なら、陽介には以前から他に相手がいたということか。蘭は、カッとなった。 「ふざけんな! そりゃ、ピルの件は悪かった。でも、何で俺が、お前とよその女の間にできた子を世話しなきゃなんねんだよ。ていうか、母親は何やってんだよ!」 「母親はいない。君しか頼む人間がいないんだ……。というか、静かにしろ。この子が起きる」  言ったそばから、赤ん坊は火が付いたように泣き出した。陽介は、チラとベビーベッドを見やると、ため息をついた。 「絶対に、嫌だね」  蘭は、吐き捨てるように言った。産むだけ産んで、陽介に押し付けて逃げた、見知らぬ女。自分を捨てた母親とその女が重なり、蘭は激しい苛立ちを覚えた。 「あくまで、世話を拒否するなら……」  陽介が、蘭をじろりと見すえる。そして、こう言い放った。 「番は解消するぞ」  ――何だと……!? 

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