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「嘘、だよな……?」  蘭は、呆然と陽介を見つめ返した。アルファから番関係を解消されたオメガは、心身共に激しい苦しみを味わうことになるというのに……。 「あいにく、本気だ」  微かな期待も空しく、陽介は冷ややかに言った。 「面倒をみるという録音も、もう存在しないからな。俺には怖いものはない」  言葉を失った。録音を消したのが悔やまれるが、後の祭りだ。 「……わかった」  小さくうなずけば、陽介は満足そうな笑みを浮かべた。 「なら、頼むぞ」  即座に踵を返そうとする彼を、蘭は再び引き留めた。 「今度は何だ」 「名前! この子の名前くらい教えてくれよ。呼びかけるのに、必要だろ?」 「(かい)だ。海と書く。男の子だ」  陽介は、シンプルに答えた。 「生後三週間だから、気をつけてな。いい時間つぶしになるだろう。君が家で暇を持て余しても、ろくな結果を招かない気がするからな」  勝手なことを、と蘭は陽介をにらみつけた。彼は、すたすたと玄関へ向かったが、ふと振り返った。 「……ああそれから、見た目の割には美味かったぞ。君の作った、野菜炒めのような物体」 「くそったれ!」  蘭は思わず、手近にあったクッションを、陽介に向かって投げつけたのだった。

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