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8 深まる溝

 数日後。蘭は、リビングのソファでぐったりと倒れ伏していた。  ――やっと寝てくれた……!  陽介から託された赤ん坊、海の世話は、想像を絶する苦労だった。養護施設にいた頃、年下の子たちのお守をしたことはあったが、新生児の相手はさすがに初めてである。陽介がガイドブックを置いていったので、一応はそれに従ってみた。ところが、指示通りにミルクを飲ませたりおむつを替えたりしても、海はちっとも泣き止まないのである。ネットで調べてみたところ、この時期は『魔の三週目』と呼ばれるくらい大変な時期なのだそうだ。  ――何で俺が、こんな目に……。  蘭は、やっとの思いで寝かしつけた海を、チラリと見やった。新生児なんて、皆猿みたいかと思っていたが、案外可愛らしい顔立ちだ。泣きわめいている時はムカついて仕方なかったが、こうしてすやすや寝ている姿には、和まなくもない。  ――お前に、罪はないんだよな……。  蘭はふと、自分の産みの親に思いを馳せた。これまで考えたこともなかった、いや考えないようにしていたのだが、海を見ていると連想してしまったのだ。  蘭を養護施設の前に捨てたのは、母親である。いつの間にか置き去りにされていたので、施設の職員たちは、姿は見なかったと言っていた。ただ書き置きは、女性の筆跡だったという。生活苦に耐えかねたシングルマザーだろうか。それとも、不倫の子だろうか。だとしたら、この子と同じだな、と蘭は思った。  ――いや、海は不倫の子とはいえないか。  蘭は、思い直した。むしろ順序を考えれば、自分がその女性から陽介を奪った形になる。恐らくその女性は、陽介が蘭を選んだことに腹を立てて、産んだ海を押し付けて逃げたのだろう。 「最低だな、陽介の野郎」  蘭は、思わず口に出していた。すると、その声で目覚めたのか、海は再び泣き出した。  ――ああ、もう……!

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