77 / 257
”
海と共にカフェに現れた蘭を見て、稲本は口をあんぐりと開けた。
「子供は作らないようにしとけって、言っておいただろうが」
「子供が生まれるには、十月十日かかるんだぞ」
陽介の台詞を借用してやる。
「冗談だよ。……で、その子は一体何なんだ?」
蘭はため息をつくと、陽介に押し付けられたのだ、と説明した。
「お前の言ってたとおりだ。あいつ、他に女がいやがった」
「それで、市川に面倒を見させてるのかよ!」
稲本は、カッと顔を紅潮させた。
「最低だな……。てかお前も、お人好しに引き受けてんなよ」
「いや、それが……」
番を解消すると脅迫された、と蘭は説明しようとした。だが稲本は、蘭の言葉をさえぎった。
「そうだ、逆にこれを利用しろよ。格好のスキャンダルじゃねえか。お前、復讐するチャンスだぞ」
「世間に公表するってか?」
蘭は、戸惑った。ああ、と稲本はにやりと笑った。
「――でも、これは陽介のスキャンダルで、勲のじゃない」
「一蓮托生だろ。やってみる価値はある。うまくいけば、父子そろって失脚だ。その後は、お前は陽介と離婚すればいい。番になっちまったから、少々厄介だが……」
少し考えてから、蘭は首を横に振った。
「いや、それはしたくない」
「どうして」
稲本が、不満げに口を尖らせる。
「海が……、この子が、かわいそうだ。俺と陽介が離婚したら、この子の世話は誰がするんだ?」
稲本は、虚を衝かれたような顔をした。
「白柳家なら、誰か雇うだろ。それか、陽介のことだ。どうせすぐ、新しい女を作るだろ。その女が、母親代わりになるかもしれないし……。いずれにしても、市川が気にすることじゃない」
「いや、俺は気にするよ」
蘭は、稲本の目を見すえた。
「育てる人間がころころ変わるのは、子供にとって不幸だ。俺がそうだったからわかる。引き取り手がいない、そんな辛い目に遭うのは、俺だけでたくさんだ」
ともだちにシェアしよう!