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 海と共にカフェに現れた蘭を見て、稲本は口をあんぐりと開けた。 「子供は作らないようにしとけって、言っておいただろうが」 「子供が生まれるには、十月十日かかるんだぞ」  陽介の台詞を借用してやる。 「冗談だよ。……で、その子は一体何なんだ?」  蘭はため息をつくと、陽介に押し付けられたのだ、と説明した。 「お前の言ってたとおりだ。あいつ、他に女がいやがった」 「それで、市川に面倒を見させてるのかよ!」  稲本は、カッと顔を紅潮させた。 「最低だな……。てかお前も、お人好しに引き受けてんなよ」 「いや、それが……」  番を解消すると脅迫された、と蘭は説明しようとした。だが稲本は、蘭の言葉をさえぎった。 「そうだ、逆にこれを利用しろよ。格好のスキャンダルじゃねえか。お前、復讐するチャンスだぞ」 「世間に公表するってか?」  蘭は、戸惑った。ああ、と稲本はにやりと笑った。 「――でも、これは陽介のスキャンダルで、勲のじゃない」 「一蓮托生だろ。やってみる価値はある。うまくいけば、父子そろって失脚だ。その後は、お前は陽介と離婚すればいい。番になっちまったから、少々厄介だが……」  少し考えてから、蘭は首を横に振った。 「いや、それはしたくない」 「どうして」  稲本が、不満げに口を尖らせる。 「海が……、この子が、かわいそうだ。俺と陽介が離婚したら、この子の世話は誰がするんだ?」  稲本は、虚を衝かれたような顔をした。 「白柳家なら、誰か雇うだろ。それか、陽介のことだ。どうせすぐ、新しい女を作るだろ。その女が、母親代わりになるかもしれないし……。いずれにしても、市川が気にすることじゃない」 「いや、俺は気にするよ」  蘭は、稲本の目を見すえた。 「育てる人間がころころ変わるのは、子供にとって不幸だ。俺がそうだったからわかる。引き取り手がいない、そんな辛い目に遭うのは、俺だけでたくさんだ」

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