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 まだオメガだとはわからない段階だったが、何か感じるものがあったのだろうか。とにかく蘭は、その時ひどく傷ついた。同時に、『綺麗』なのは良くないことなのだ、と理解した。その後市川家に引き取られ、高校、大学と進む中でも、蘭はあえて身なりを控えめにしてきた。『日暮新聞』に入った後も、わざとダサい髪型や質素な服装を選んだ。煙草を吸い、乱暴な言葉遣いをするようになったのも、その時のトラウマからである……。 「自分が厄介者扱いされてるってのは、子供は敏感にわかるもんなんだよ。とにかく俺は、この子をたらい回しにはしたくない。だから、絶対に情報は漏らさないでくれ」  きっぱりと告げれば、稲本はため息をついた。 「わかったよ……。取りあえず、今日はその子を連れていくか。それで、車で来いと言ったんだな?」 「ああ。悪いな」  稲本は、蘭の抱っこひもをチラと見た。 「ちなみに、ベビーカーはないのか?」 「ベビーカーは、生後一ヶ月は経たないと使えないんだって」  この短期間で詰め込んだ知識である。ふうん、と稲本はうなずいた。 「なら、そのまま助手席に座れ。もちろん、ベビーシートなんて俺の車にはないからな。まあいんじゃね? せっかくだから、家族のふりでもするか。おーい、パパだぞー」  稲本がふざけて呼びかけると、海はすさまじい勢いで泣き出した。蘭と稲本は、思わず顔を見合わせて苦笑したのだった。

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