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「何だ?」  稲本が、怪訝そうにする。蘭は、にやりと笑った。 「あの女は、出産・子育て経験があるはずだ」 「――どうして!?」 「この子が生後三週間だと、すぐに見抜いた。その時期が、寝なくて大変な時期だということも知っていた。赤ん坊の扱いも手慣れている」 「……まあ、周りに子持ちの人間がいて、知っていたという可能性もあるけどな……。一応探ってみるか」  稲本はうなずいたものの、あまり乗り気でない様子だ。蘭は焦れた。 「何だよ? 気になることでもあんのか?」 「……いや。俺はまた、別のことを考えてたんだ。あの沢木という女、どこかで関わったことがある気がして……」 「気のせいだろ。テレビによく出てるし、それで見覚えがあったんじゃね?」  言い合っているうちに、先ほどの女性職員がやってきた。説明が始まってしばらくすると、蘭は立ち上がった。 「すみません、ちょっとお手洗いに」 「どうぞどうぞ!」  稲本に夢中らしい職員は、蘭のことなどどうでもいい様子だ。おっかなびっくりといった様子の稲本に海を託して、蘭は廊下へ出た。稲本が、少しでも長く職員を引きつけておくことを祈りながら、建物内をうろうろする。しばらく歩いていると、『関係者以外立ち入り禁止』の札が下がった階段が見えた。蘭は、辺りを確認すると、そっとその階段へ近づいた。  ――万一見つかったら、迷子になったとでも言い訳するか……。  ところが、階段まであと一歩という時、蘭は何者かに背後から羽交い締めにされた。 「――!」  抵抗も空しく、口を塞がれる。そのまま蘭は、すさまじい力で引きずっていかれた。あっという間に、近くの男子トイレへ連れ込まれる。そこでようやく、蘭は解放された。 「何すんだ……」  抗議しかけて、蘭は絶句した。目の前にいたのは、何と陽介だった。

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