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”
不意に、スマホが鳴った。稲本からのメッセ―ジだった。
『話は済んだ。市川、どこにいる?』
蘭はため息をつくと、行くから待っていてくれ、と返信した。トイレットペーパーでどうにか後始末をし、衣服を身に着けて個室を出る。鏡を見れば、髪も表情もひどいありさまだった。蘭は、超特急で身づくろいを済ませた。まだ違和感はあるだろうが、これ以上稲本を待たせるわけにはいかない。
トイレルームを出ると、遥か遠くから、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。蘭は、はっとした。
――海か?
慌てて声のする方を探し、駆けつける。すると、果たして稲本が、困り果てた様子で海を抱いて立っていた。
「どこ行ってたんだよ? 泣き止まなくて、弱ってたんだ。……てかお前、どうした? 気分でも悪いのか?」
「俺なら平気」
不審そうな稲本から、海を強引に取り上げる。蘭が抱くと、海はようやく泣き止んだ。
――知らない人間に囲まれて、さぞかし不安だっただろう……。
蘭は、懸命に笑顔を作ると、海に話しかけた。
「ごめんな、ほったらかしにして。もう大丈夫だからな」
その時蘭は、目を疑った。海の顔に、ニコッと笑みが浮かんだのだ。
――笑った……!
海の世話を始めて数日、笑顔を見たのは初めてだった。蘭は、思わず海を抱く腕に力を込めた。どこの女が産んだとも知れないこの赤ちゃんが、今の自分を唯一癒やしてくれる気がした。
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