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「講演で留守なわけじゃないけど」  蘭は、静かに言った。 「ちなみに悠は、どうして講演日程を知ってるの?」  すると悠は、うろたえたような声を出した。 『あ、ええと……、ネットで見かけた気がする、うん』 「……」 『蘭?』  蘭が沈黙すると、悠は焦ったようだった。 『じゃあさ、相談はまた今度でいいよ。でも、遊びに行くのはいい? 久々に、二人で話そうよ』 「いや、悪いけど」  蘭は、きっぱりと言った。 「今ヒートでさ。結構辛いんだ。だから早めに寝たくて。ごめんな」 『ヒート? 時期じゃないよね?』  長い付き合いの二人は、互いのヒート時期も知っているのである。 「うん、急に来ちゃって」 『そっか。それなら、休んだ方がいいね。ゴメンね、邪魔して』  悠は、意外にもあっさり引き下がった。電話を切ると、蘭はキッチンへ行って、抑制剤を服用した。ついでにミルクを作り置きすると、蘭は寝室をのぞいた。海のベビーベッドは、蘭たちのベッドの横に移動してあるのだ。海はすやすや眠っていて、安心する。  ――俺も寝るか。  しかし、布団に潜り込んだものの、蘭はなかなか寝付けなかった。抑制剤が、ちっとも効かないのだ。こんなことは初めてだった。躰の奥は、燃えるようだ。触れてもいないのに、前はすでに勃ち上がりかけている。蘭は、ほぼ無意識に、脇にあった陽介の服をつかんでいた。彼が不在なのをいいことに、集められるだけ集めていたのだ。  ――ちょっと、だけ……。  下着の中に、手を入れる。その時、オートロックのインターフォンが鳴った。  ――誰だ。  ここへ引っ越してきてから、訪問者など初めてだ。マスコミが嗅ぎつけたかな、と蘭は不安になった。慌ててモニターをのぞきにいく。――映っていたのは、白柳勲だった。

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