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蘭は、二十時半に白柳家を訪れた。海のことは、迷ったあげく、最寄り駅前の駐車場で、稲本の車内に待機させることにした。まさか、マンションへ稲本を入れるわけにはいかないからだ。勲は在宅していたが、蘭を見ると、露骨に警戒の色を浮かべた。
「いよいよ選挙ですね。お疲れさまでございます」
蘭は、にこやかに挨拶した。
「お忙しいところ恐縮なのですが、お義父さまと少しお話がしたくて。できればお義母さまにも、ご挨拶を」
夫妻の好物だという、洋酒と和菓子を差し出す。勲は少し眉を寄せた後、「上がりなさい」と言った。
前回通された応接間に、今日も案内される。勲はいったんその場を離れたが、すぐ戻ってきた。
「家内は気分が優れないそうだ。すまないね、せっかく来てくれたのに」
いえ、と蘭は言った。見え透いた口実だが、妻が同席しない方が都合がいい。
「それと、先日の件だが……」
「ああ、それなら全く気にしていませんから」
勲の言葉をさえぎって、蘭はにっこりしてみせた。
「こちらこそ、ヒート中で失礼しました。陽介は怒っていましたが、僕は何も思っていません。お義父さまとは今後長いお付き合いになるのに、たった一度のことで仲違いはしたくないです」
勲は、拍子抜けしたようだった。
「あ、ああ、そう言ってもらえてありがたいが。まあ私も、魔が差したというか……。とにかく、本気とは取らないでくれ。でも、家内には内緒に頼むよ。あれは、冗談の通じないやつだからな」
「もちろんです。お義母さまとも、仲良くやっていきたいと思っていますし」
もう一度微笑んだ後、蘭は本題に入った。
「実は、今日うかがったのは、お義父さまにお願いがありまして。『オメガの会』の沢木代表が、今度の選挙に出馬されるという噂を聞きました。僕は同じオメガとして、彼女に以前から憧れていたんです。どうかお義父さまのつてで、沢木さんと直接お話しする機会を作っていただけませんか?」
勲の片眉が、ぴくりと上がる。
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