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「どこからその話を?」 「ネットで見ました」  実際、沢木薫子が出馬するという噂は、すでに流れつつある。知っていても不自然ではない、と蘭は計算していた。 「いやいや、さすが蘭さんだ……。しかしどうしてまた、私に?」 「幹事長たるお方なら、候補者のことはよくご存じでしょう」  色と金とどっぷりの間柄だろうが、と内心付け加える。 「大体の経歴を把握している程度だが……、まあ他でもない蘭さんの頼みだ。声はかけてみようか。ただ彼女も、今は出馬準備で忙しいだろうから、長い時間は取れないだろうが」 「構いませんよ」  直接沢木にぶつかろう、と蘭は考えていた。うまく懐に入り込み、弱点をつかんでやる。できれば、勲との関係も……。 「ところで、陽介の選挙協力の件は、考えてくれたかな? 君の頼みを聞いてあげるんだから、こちらも見返りが必要だろう」  いけしゃあしゃあと、勲が言う。罵声を浴びせたいのを我慢して、蘭は三回目の微笑みを浮かべた。 「こちらは一つしかお願いを聞いていただいていないのに、二つお願いをされるおつもりですか? 先ほど、先日の件はお義母さまには内緒に、と仰っていましたよね?」  勲のこめかみが、一瞬ひきつる。だが、ムキになるのも大人げないと考えたのか、渋々といった様子でうなずいた。 「これは、一本取られたな……。わかった、沢木さんとの約束は取り付けるよ。詳細が決まったら、連絡する」  蘭は、内心ほっとため息をついた。 「ありがとうございます。では、お待ちしています」  丁重に挨拶して、蘭は白柳家を辞した。  ――早く、海を迎えに行かないと……。  蘭は、急ぎ足で駅へと向かった。すると、不意に背後から肩を叩かれた。ふり返ると、見知らぬ男がにこやかに笑っている。 「お久しぶりですね」  蘭はきょとんとした。  ――誰だ?

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