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 室内は、夜だというのに真っ暗だった。蘭は、おそるおそる声をかけた。 「稲本、いるんだろ? 電気点けるぞ?」  返事はない。蘭は、手探りで電気のスイッチを入れた。そのとたん蘭は、ぎゃっと声を上げそうになった。稲本は、窓際でぼんやりと立っていたのだ。明らかに、異様な様子だった。  ――いや、それよりも……。 「海は!?」  きょろきょろ見回すと、海の姿は部屋の片隅にあった。クッションの上で、すやすや眠っている。 「海! よかった、無事で……」  蘭は駆け寄ろうとしたが、稲本がその前に、スッと立ちふさがった。 「何す……」 「陽介のガキが、そんなに大事かよ?」 「そこどけって!」  蘭は、声を荒らげた。 「お前、何考えてんだよ? こんな所に連れ去って……、どんなに心配したことか!」 「白柳陽介の子供なんて、知ったことか!」  稲本が怒鳴る。陽介の子ではない、という訂正の言葉は出てこなかった。稲本の形相は、それほど恐ろしかったのだ。蘭は、ぽつりと尋ねた。 「これは、俺への仕返しか?」 「……」  稲本は、答えない。蘭は、勇気を振り絞った。 「……実はここに来る前、偶然お前の友達と会った。そいつが言ってたんだよ。お前には、ずっと好きなオメガがいたって。……それって、もしかして、俺のこと……?」  一瞬の沈黙の後、稲本は静かにうなずいた。 「ああ」 「――何で」  蘭は、思わず叫んでいた。 「お前、そんなこと一言も言わなかったじゃんか!」 「言えるわけないだろう」  稲本が、低くつぶやく。そのまま彼は、ずいずいと近づいてきた。壁に追い詰められる形になり、蘭は本能的な恐怖を覚えた。アルファだけあって、稲本も体格が良い。これまで怖いと感じたことはなかったが、今の彼は、まるで見知らぬ男のようだった。 「入社以来、ずっと好きだった」  稲本は、ぽつりと告げた。 

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