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「ようこそ、お待ちしておりました……。いやあ、これは聞きしに勝る、お綺麗な奥様だ」
古城は走り寄ってくると、蘭を大げさに褒めそやした。眼鏡をかけた、平凡なベータ男性である。年齢は、四十代半ばか。
「初めまして。いつも陽介がお世話になっております」
実は初対面ではないのだが、蘭は一応頭を下げた。古城は、さあさあ、と事務所内に蘭を通す。蘭は、ふと思いついて彼に申し出た。
「そうだ。せっかくですし、スタッフの皆さんにご挨拶したいんですが」
だが古城は、なぜか顔をくもらせた。
「選挙前で、皆慌ただしくしておりますし。お気遣いなく」
「えっ、でもだからこそ、お礼を申し上げたいんですけど」
今さらな感はあるが、礼は尽くしたかった。自分は何も陽介の手伝いをしていないのだから、なおさらである。しかし古城は、かたくなに拒んだ。
「お気持ちだけで結構ですから。今陽介先生は来客中ですが、もうすぐ来られますし。さあ、どうぞこちらへ」
強引に、応接室のような場所に押し込められる。蘭は、仕方なく彼に従った。そういえば陽介も、配偶者が事務所に出入りして口出しすると反感を買う場合がある、と言っていた。古城も、それを恐れているのかもしれない。
――ま、今日は陽介との話が優先だしな……。
「可愛らしい赤ちゃんですねえ」
間を持たせるつもりか、古城はそんなお愛想を言った。
「抱っこさせていただいてもいいですか?」
「いいですけど、首がすわってませんから、気をつけてくださいね」
海を渡すと、古城は満面の笑みで語りかけた。
「いない、いない、ばぁ~っ」
古城は、大げさに目玉をぐるぐる動かしてみせた。どうやら、笑わそうと思ったらしい。だが海は、クールに彼を黙殺した。笑いもしなければ、泣きもしない。気まずくなり、蘭はあわててフォローした。
「人見知りするみたいで」
「……ですかね? 失礼しました」
若干落ち込みながら、古城が海を戻してくれる。二人でやり取りしていると、彼のポケットから、何やら小さなカードが滑り落ちた。テーブル上に落ちたそれを何気なく見て、蘭はドキリとした。それは、居酒屋のカードだったのだ。――蘭が、よく知る店の。
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