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「沢木さん?」  怪訝に思い呼びかけると、沢木ははっとしたように、いえ、と言った。 「お綺麗な名前ですよ。あなたにぴったりだと思います」  沢木は、すっかり元のにこやかな表情に戻っていた。椅子に腰かけると、蘭は早速彼女に質問を投げかけた。 「本日は、沢木さんにいろいろとお聞きしたくて。まず、今回出馬を決意された動機は?」 「何だか、取材を受けてるみたい」  沢木は、くすくす笑った。 「すみません、記者時代の口調が抜けなくて」 「いいんですよ……。出馬しようと考えたのはですね、オメガの社会的地位の向上のためです。蘭さんもオメガならおわかりかと思いますが、私たちオメガが暮らしやすくなるのもならないのも、とにかく政治次第なんです」  皮肉にも沢木は、蘭の日頃の口癖と同じ台詞を口にした。ややイラついたものの、蘭は我慢して、なるほど、とうなずいた。 「僕も新聞社にいた頃は、セクハラやパワハラを受けたことがあります。沢木さんは女性ですから、なおさら大変だったのでは? ハンデを乗り越えて、この団体を立ち上げられた経緯をお聞きしたいです」 「確かに苦労もありましたが、ひとえに会員の皆さまのおかげで……」  沢木は、美辞麗句をつらねて設立の歴史を語った。そっくり、選挙演説に使えそうなくらいだ。 「……というわけで、その年には、海外からの取材も受けたんですよ」  やや警戒が解けてきたのか、沢木が得意げに語る。蘭は、それに食いついた。 「それは素晴らしいですね。その時のお写真などはありますか? 是非、拝見したいのですが」 「ええ、ございますよ。お待ちくださいね」  沢木が席を立ち、部屋を出ていく。蘭はほくそ笑んだ。  ――今の隙に……!  素早く立ち上がり、部屋の片隅に置かれた観葉植物の所へ歩み寄る。この部屋に入った時から、目を付けていた場所だ。蘭はそこに、小型の機械を忍び込ませた。録音式盗聴器である。

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