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「ちょっ……、何を、縁起でもないことを……」  蘭はぎょっとしたが、伊代の表情は真剣そのものだった。 「いえ、自分でもわかるんです。私はもう、永くないって」  蘭は、チラと陽介の方をうかがった。ルームミラーに映った彼は、深刻な表情を浮かべていた。 「勝手なのは承知しています。私は、勲先生を心から愛していました。奥様と別れてほしい、なんてことは思いませんでしたが、子供だけは産みたかったんです。でも、よく考えたらそれも罰当たりですよね。こうして病に冒されたのは、不倫の報いかもしれません」 「そんな風に思わないでください」  蘭は、眉をひそめた。陽介も同調した。 「そうですよ。悪いのは、父です。……蘭、父は彼女を無理やり愛人にしたんだ」  さもありなん、と蘭は思った。 「そう仰ってくださって、ありがとうございます……。私、もう自分のことは諦めているんです。でも、ただ海のことが気がかりで……。ご迷惑ばかりおかけして申し訳ないのですが、私が死んだ後、海のことを頼めませんか? 施設かどこかに、預けてやってほしいんです」 「それはダメです!」  蘭は、思わず叫んでいた。 「実は僕、養護施設の出身なんです。なかなか引き取ってくれる家庭が現れなくて、辛い思いをしました。海君に、そんな思いをさせたくありません」 「……でも、他にどうすれば?」  伊代が、困惑顔をする。蘭は、再び陽介の方を見た。ルームミラー越しに目が合うと、彼は大きくうなずいた。やっぱり、と蘭は思った。陽介は、自分と同じことを考えている……。 「伊代さん。海君は、僕と陽介の子として育てます」

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