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「そんな……」  伊代は、あっけにとられている。蘭は、彼女の手を握った。 「さっきの話の続きです。結局僕は、とある家庭の養子になりました。でも、いつも気を遣ってばかりで、肩身の狭い思いをしてきました。そして、一緒に施設で育った子の中には、引き取られた後、虐待された子もいたそうです。もちろん、養子を取る家庭がみなそうだとは言いません。でも、もし海君がそんな目に遭ったらって考えたら、たまらないんです……。心配しないでください。僕らの間に子供が生まれたとしても、海君のことは実の子として、分け隔てなく育てます」 「俺も、約束しますよ。それから父には隠し通しますから、その点もご心配なく」  陽介が補足する。伊代の瞳には、涙が浮かんだ。 「ありがとうございます……。もう、何と言ったらよいか……」 「泣かないで。伊代さんは、ご自分のお体のことだけを考えていてください。僕らもまた、海君を会わせに行きますから」  ありがとうございます、と繰り返した後、伊代はふと微笑んだ。 「お二人なら、安心して海を託せます……。仲がよろしいんですね。さっきから、以心伝心って感じがしますよ」 「別に、そんなことは……」 「もちろんです。俺の最愛の番ですから」  蘭が謙遜しようとするのをさえぎって、陽介が平然と答える。蘭は、ミラー越しに彼をにらみつけた。伊代が、ぽっと赤くなる。 「いいなあ……。私も、誰かの番になればよかった」  どうやら、勲の番ではないらしい。伊代は、ぽつりと言った。 「生きている間に、誰かの番になりたいなあ……。実は最近、病院で知り合ったアルファの男性がいるんです。とても素敵な人で。彼みたいな人の番になれたら、幸せだろうな……」  蘭は、ドキリとした。  ――稲本のことだ……。

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