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 蘭は、複雑な気持ちになった。伊代のわずかな残りの人生を、幸せなものにしてやりたい。そのためには、願いは叶えてやりたいが……。  ――まさか稲本に、番になってあげてくれ、と頼むわけにはいかないものな。  さすがに、振った相手に対してそんなことは言えない。それに伊代だって、同情で付き合ってもらっても、傷つくだけだろう。  ――俺は、どうすれば……。 「さあ、着きました」  陽介の声に、蘭は我に返った。気づけば、いつの間にか病院の前まで来ていた。陽介が、ふと後ろを振り返る。その眼差しは、蘭を戒めているようだった。  ――余計なことするなってか?  何もかもお見通しだな、と蘭は苦笑した。 「伊代さん、病室までお送りしましょう。蘭、海君と一緒に車内で待っていてくれるか?」  車から降りながら、陽介が声をかける。蘭は海を引き取ろうとしたが、伊代はなかなか手放そうとしない。蘭は、ピンときた。 「せっかく海君と会えたんだし、もう少し一緒にいますか?」  できれば、と伊代は小さな声で答えた。陽介がうなずく。 「では、看護師さんに聞いてみましょう。病室に赤ちゃんを連れて入っても、大丈夫か」  陽介は、てきぱきと病院側に掛け合ってくれた。病室に伊代と海を送り届けると、蘭と陽介は部屋を出た。母子二人きりにさせてやろう、と考えたのだ。 「悪いな、付き合ってもらって」  陽介が言う。いや、と蘭は答えた。 「そうそう、沢木との会談だけど……」  言いかけて、蘭ははっとした。廊下の向こうから、稲本が歩いてきたのだ。  ――伊代さんの見舞いか!? まずい……。  稲本を認めた陽介の眼差しが、険しくなる。蘭は、そっと陽介の腕を引くと、稲本を無視して通り過ぎようとした。だが稲本は、そんな二人の前に立ちはだかった。 「市川、話がある」  稲本は、陽介を黙殺して蘭に話しかけた。

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