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「あの男は、君に未練タラタラだな」  稲本の姿が見えなくなるや、陽介は言った。蘭は呆れた。 「そのことを考えてたのかよ?」 「いや、もちろん沢木についてもだが。隠し子か。探る価値はありそうだな」 「……あの、子供のプライバシーには配慮してやってくれよ?」  今さらだが、蘭は念押しした。 「ああ、もちろん。海のことを考えると、他人事じゃないからな」  陽介は、深刻にうなずいた。 「高校の頃出産したということは、その子供もいい大人だな。産んだ後どうしたのかは知らないが、ちゃんと育っているといいな……。ああ、そうだ。君、沢木との会談はどうだった? さっき、何か言いかけていたな」 「内容自体は、お前に報告するほどのことはない。お前が言ってたとおり、したたかな女で、ぼろは出さなかった。……ただ」  蘭は、陽介の耳元に唇を寄せると、盗聴器を仕掛けてきた、と囁いた。陽介が、目をむく。 「蘭! 君……」 「俺だって、やる時はやるんだよ」 「勇気は認めるが……。早めに回収するんだぞ? 仕掛けたのがバレたらまずい」  もちろん、と蘭はうなずいた。 「責任を持って、ちゃんと回収する」 「全く、大胆だな……。でもそれでこそ、俺のパートナーだ。ますます、他の男を寄せ付けたくなくなった。……あの男、聞こえよがしに君を旧姓で呼びやがって」  人目もはばからず、陽介が力任せに抱きしめてくる。蘭は、くすぐったい喜びに浸ったのだった。

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