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 沢木の眼差しは、まるで本当に蘭に愛情を持っているかのようだった。一瞬怪訝に感じたものの、蘭は思い直した。きっと、白柳勲の息子の嫁ということで、ごまをすっているのだろう。あるいは、会に勧誘する手段か。蘭は、ありがとうございます、と軽く礼を述べた。  沢木は、蘭を前回の執務室へ通すと、コーヒーを出してくれた。 「陽介先生と連絡は取れたんですか?」 「いえ、まだですが」 「そうですか……。ご不安でしょうが、SNSを鵜呑みにしない方がいいですよ。選挙前ですし、ライバルの策略かも」  沢木は、もっともらしいことを言った。 「そして、万一浮気が真実だとしても、決断を早まらない方がいいです。悲しいですが、私たちオメガは、一度アルファの番になってしまったら、立場は弱いですから」 「そういえば、この前もお聞きしましたが」  機会を逃さず、蘭は食いついた。 「沢木さんは、アルファの番にはならない人生を歩まれてきたんですよね。でも、好きになったアルファの人はいないんですか?」 「……そう、ですね」   珍しく、沢木の表情が揺れた。 「一人だけ、おりますが。高校の時です」  蘭は、ドキリとした。その男こそが、子供の父親ではないのか。 「その方とは……」 「それは、まあ……。結局、上手くいかなくて」  沢木は、静かに目を伏せた。蘭はあれこれと探りを入れたが、彼女はそれ以上語ろうとしなかった。逆に、蘭について尋ねてくる。特に生い立ちや家族について、知りたがっているようだった。  ――なかなか、盗聴器を回収する隙がないな……。  今日の沢木は、なかなか席を外そうとしない。タイミングを計るうち、気づけば二時間以上が経過していた。じりじりしていたその時、沢木の携帯が鳴った。失礼、と会釈して沢木が部屋を出ていく。  ――ようやく、チャンスが訪れた……!  蘭は素早く、例の観葉植物を探った。

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