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「さあ、着いたぞ」  稲本が言う。いつの間にか、車は蘭たちのマンション近くまで来ていた。 「帰ってきちまって、どうすんだよ。事務所へ行かなくていいのか?」  蘭は、眉をひそめた。悠が妻だという発表を、そのままにしておく気か。すると陽介は、蘭を安心させるかのように、力強く言った。 「大丈夫だ。明日、俺個人で記者会見を開く。あの発表はきちんと否定するから、蘭は心配するな」 「ちゃんとやれよ。でないと、俺が横取りするからな」  稲本が、口を挟む。陽介は、胸を張った。 「取れるもんなら取ってみろ」  蘭は、ほっとした。否定する、と言ってくれたこともだが、いつもの陽介に戻っていたからだ。自信満々で、大胆不敵な陽介に……。 「稲本、世話になったな」 「今日はありがとう」  陽介と蘭は、口々に稲本に礼を述べた。二人が車から降りると、稲本は何やら封筒を差し出した。 「陽介、よかったら使え。本当の妻はこの人物だってな」  中から出てきたのは、何と稲本が隠し撮りした、蘭が海を抱いてマンションを出入りしている写真だった。週刊誌に流れかけて、どうにかもみ消したものだ。 「お前、持ってるのはあれで全部だって言っただろうが!」  蘭はわめいた。稲本が、平然と答える。 「悪い。俺だけの秘蔵写真が欲しくてな。今度こそもう手元にはないから、安心しろ」 「この野郎……。やっぱり、殴り返させろ!」  陽介は車内に戻ろうとしたが、稲本は素早く車を発進させたのだった。  マンションに入ると、陽介はすぐに自室にこもった。何やらあちこちと、電話で相談をしている。きっと、会見の準備だろう。落ち着かない蘭は、ひたすら海の世話をして過ごした。海を風呂に入れ、寝かしつけると、ようやく陽介が部屋から出てきた。 「全て方が付いた。会見で真実をぶちまける。それから、古城さんは首にするから。もう心配は無用だ」  言いながらも陽介は、苦渋の表情を浮かべていた。信頼していただけに、ショックが大きいのだろう。ややあって、彼はぽつりと言った。 「古城さんを恨むつもりはない。彼が父を崇拝するのも、ある意味当然だからな」 「どうして?」

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