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「蘭! どうした?」  物音に気づいた陽介が、部屋に飛び込んできた。 「一体、何があった……?」  陽介が手を伸ばし、そっと頬に触れる。彼に涙を拭われて、蘭は初めて、自分も泣いていたことに気づいた。 「あ……、あの女……。沢木薫子……。あいつが、俺の母親だった。俺を捨てた……」 「何だと?」  陽介が、顔色を変える。蘭はつっかえながらも、どうにか今聴いた内容を伝えた。信じたくはない。でも、否定する材料はなかった。今から考えると、思い当たる点も多い。蘭の両親がどんな人間か、沢木はやたら気にしていた。最初に会った時も、生後三週の新生児の事情を、よく知っていると思ったものだ。一ヶ月の時まで自分を育てたのなら、納得である。それに、彼女が海に歌った子守歌。知らない曲なのに、なぜか聴き覚えがあると感じた……。  ――あの女は、あの歌で俺をあやしていたのか……? 「蘭、時間も遅いし、今日はもう休もう。これからどうするかは、明日ゆっくり考えればいい」  陽介が、気遣わしげに語りかける。だが蘭は、かぶりを振った。 「いや、続きを聴きたい」 「それなら、俺も一緒に聴く。いいか?」  蘭はうなずくと、再生ボタンを押した。陽介は、蘭の隣に腰かけると、しっかりと肩を抱いてくれた。 『ねえ、勲さん。私が母親だと、蘭さんに打ち明けてもいいかしら? もちろん、育ての親御さんとの関係を崩すようなことはしないわ。ただ、謝りたいのよ……』  蘭と陽介は、顔を見合わせた。

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