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 盗聴器の向こうでは、しばらく沈黙が続いている。勲が何か喋っているのだろう。ややあって、沢木は苛立った声を上げた。 『選挙前というのは、よく承知してます。そりゃ、隠し子なんてスキャンダルよね。でも、蘭さん本人に言うくらい、いいでしょう。外に漏れなければいいんだから』  しばし、言い合いが続いた。勲は、あくまでも選挙に響くのを恐れている様子だ。蘭のことも、警戒しているようだった。沢木はしばらくごねていたが、ついに折れた。 『わかりました。せっかく与えていただいた、チャンスですものね。選挙が終わるまでは、我慢します……。はい、約束しますって。私たちは、運命共同体ですものね』  恐らく、献金のことを言っているのだろう。続きを聴こうと蘭は勢い込んだが、陽介はパッと停止ボタンを押した。 「もう今夜は、ここまでにしておけ。君、キャパオーバーって顔をしている。献金の件は、明日でも遅くない」 「わかった」  蘭は、渋々答えた。一瞬ためらってから、陽介はこんなことを言い出した。 「なあ、蘭、そもそもなんだが。この献金ネタを追うのは止めないか? 父を追い込む方法なら、他にいくらでもあるから……」 「何でそんなこと言うんだよ!」  蘭は、気色ばんだ。 「沢木が、俺の母親だからか? だから、彼女を見逃すのか? そんなこと、俺は望んじゃいない!」 「でも……」 「あんな奴、親じゃない」  蘭は、陽介の目を見つめて、きっぱりと告げた。 「どんな事情があったにせよ、自分を捨てるような人間を、親とは思わない。俺にとっての親は、やっぱり市川の両親だ。たとえ、見栄と欲得ずくでもな……。だから頼む、献金ネタの調査は、続けてくれ」 「……ああ」  陽介は、複雑そうな顔でうなずいた。 「って言っても、市川の親とは、今距離を置いてるんだけどな。ほら、俺って、ヤバいことにばっかり首を突っ込んでるだろ? 巻き込みたくなくて……」  蘭は、ぎゅっと陽介に抱きついた。 「だから。今の俺にとって、本当に家族って言えるのは、お前だけなんだ。……陽介。ずっと、そばにいてくれよな」 「当たり前だろう」  陽介が、抱き返してくる。 「蘭は、俺のただ一人の番で、大事な妻だ。一生、一緒にいような」  じわり、と目頭が熱くなるのがわかった。陽介の胸に顔を埋めて、蘭はその温もりにひたった。この時間が永遠に続けばいいのに、と思いながら。

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