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”
『うん。気持ちもないのに付き合うのはどうかと思っていたけど……。実は伊代さんの容態は、相当悪いんだ。おまけに彼女、身寄りもなければ、頼れる友人もいないらしくて。勲の愛人になってからは、関係を知られないため、人づきあいを禁じられていたんだって……。ひとりぼっちで逝かせるのは、しのびなくてな……』
「……そう、なんだ」
蘭は、勲への憎しみが湧き上がるのを、抑えきれなかった。
『というわけで、病院へは引き続き通うから』
稲本は、力強く宣言した。うん、と蘭も答えた。
「俺たちも、見舞いに行くよ。海を連れてな……。あ、それから、もう病院で陽介とケンカするのは、なしな」
『善処する』
低い笑い声が聞こえてきた。もったいぶった言い方だが、蘭にはわかった。もう稲本は、前を向いている。それなら自分も、頑張らないと……。
いよいよ、会見の時間になった。蘭は、固唾を呑んでテレビの画面を見つめた。たくさんのフラッシュがたかれる中、陽介が会見会場に入ってくる。その顔を見て、蘭はおやと思った。顔色が、青ざめていたのだ。
――そりゃ、昨夜は俺のせいで夜更かしさせたけど。でも、今朝は元気そうだったのに……?
会見がスタートした。プライベートなことでお騒がせして申し訳ない、等の形式的な挨拶を述べた後、いよいよ陽介は本題に入った。
『ホテルで会っていた、オメガ男性ですが……』
陽介は、おもむろに続けた。
『事務所が発表しましたとおり、私の配偶者です』
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