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「そんな昔のこと……。ていうかお前には、もう十分すぎるくらい、いろんなことをしてもらったじゃんか」  第一、半分くらいは負け惜しみで言った台詞だというのに。だが陽介は、けろりと言った。 「約束は約束だろう。それに俺は、愛する妻に、してやりたいことの半分も、まだしてやれていないぞ?」  冗談めかして言った後、陽介は真顔になった。 「ところで、本題に戻るが。会見はああいう結果になったが、もちろんおめおめと引き下がるつもりはない。俺に策がある。この状況を逆に利用して、父と相沢悠を、まとめて叩きつぶすぞ」 「本当か? どうやって?」  蘭は、目を輝かせた。 「もう出発しないといけないから、詳細は後で伝えるよ」  陽介はチラと時計を見ると、鞄を手に取った。 「ちょっと待ってくれ」  出かけようとする陽介を押しとどめて、蘭は自室へ駆け込んだ。 「これ。沢木薫子から勲先生への、ヤミ献金の証拠になる会話が入ってる。よかったら、役立ててくれ」   蘭は、盗聴器を陽介に手渡した。会見までの間に、蘭は盗聴内容の残りを確認したのだ。あの後沢木と勲は、金銭の提供と、その見返りとしての事業の請負について話していた。政治資金収支報告書へ記載しない旨のやり取りもなされており、立派な証拠になると思われた。 「証拠ねえ……。まあ、聴いてはみるけれど」  陽介は意外にも、気乗りしない様子だった。 「贈収賄が認められたら、父だけでなく、沢木さんも責任が問われるぞ。落選どころか、逮捕される可能性もある。君の実の母親だぞ? 本当にいいのか?」 「構わない」  蘭は、きっぱりと言った。 「『日暮新聞』こそ辞めたけど、俺の魂は記者のままだ。真実は、暴かないといけない。そして、罪を犯したなら、沢木薫子は処罰されるべきだ。そこに、母だの子だのは関係ない。……だから、このデータはお前の好きなように使ってくれ」 「……わかった」  陽介は、ためらいながらもうなずいたのだった。

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