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「すぐ行こう」  蘭は支度を始めたが、陽介は不安そうな顔をした。 「君は、無理しなくていいんじゃ? 体に障ったらまずいだろう」  ううん、と蘭はかぶりを振った。 「行きたい。陽介、連れていってくれ」 「わかった」  陽介の運転で、病院へと向かう。到着すると、伊代のボディガードが、廊下で海を抱いてたたずんでいた。彼女の顔を見て、二人は全てを悟った。 「――たった今」  女性ボディガードは、泣きそうな顔で告げた。  ――こんなに早く逝くなんて……。  蘭は、思わず下を向いた。陽介が、支えるように肩を抱いてくれる。ボディガードは、そんな二人を見て、励ますように言った。 「でも、最後の時を海君と一緒に過ごせて、よかったと思いますよ。伊代さん、すごく楽しそうでした……。陽介先生のご当選のニュースも、嬉しそうに観てらっしゃいました。疲れるだろうと思って、政権交代の報道の後、テレビは消しましたけど……」  陽介の当選を知らせられたことに、蘭は少しだけほっとした。政権交代の報道は、どんな思いで眺めたのだろうか。自分を弄んだかつての愛人が、権力を失おうとしている様子を、一体どう感じたのだろう……。 「お世話になりました」  陽介が、神妙に頭を下げる。蘭もお辞儀すると、彼女から海を受け取った。三人で病室に入ると、打ちひしがれた様子の稲本がいた。 「俺も間に合わなかったんだ」  彼は、ぽつりと言った。 「ずっと、社にいて。ボディガードの人から連絡を受けて飛んできたが、わずかな差で……」 「お前は悪くない」  なぐさめるように言ってから、蘭は伊代の顔をのぞきこんだ。死に顔は穏やかで美しく、まだ生きているようだ。そこで蘭は、ふと気がついた。伊代の首筋に、赤らんだ痕が見えたのだ。  ――もしかして……?

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