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 悠と共にマンションに帰った蘭は、目を見張った。何と、陽介が帰っていたのだ。 「お前……、仕事は?」 「抜けてきた。気になって、それどころじゃないからな」  満面の笑みで、陽介が言う。彼には、帰りの車内で報告のメッセ―ジを送ったのだ。飛んで帰ってきたのか、と蘭は呆れた。おまけにダイニングの食卓には、所狭しとサプリメントが並べられていた。 「葉酸、鉄分、それからカルシウムのサプリだ。しっかり栄養を摂らないといけないからな。ノンカフェインティーもあるぞ。……ああそれから、こっちへ来て」  陽介にうながされ、寝室へ入った蘭は仰天した。すでにベビーベッドが用意されていたのだ。ベビー服らしきものが入った箱も積まれている。 「お前なあ……。産まれるの、いつだと思ってんだよ?」 「買わずにおれなくてな。あ、一部は古城さんと事務所のスタッフたちからだ」  陽介は、箱の一つを蘭に手渡した。マタニティウェアらしい。 「ありがとう……、って、お前、今日の結果が出る前にしゃべったろ?」  どう考えても、早すぎる。検査薬で陽性が出た時点で話したとしか思えない。じろりとにらむと、陽介はばつが悪そうにうなずいた。 「すまん。嬉しくて、つい」 「ったく……。いいから、早く仕事に戻れよ」  陽介の腕を引っ張って、寝室から連れ出す。ダイニングに戻ると、悠が勝手知ったる様子で、ジュースを飲んでいた。 「ああ、相沢。今日は世話になったな」  今初めて気づいたらしく、陽介が礼を言う。 「ちょうどいい。君に紹介したい仕事を、数件持ってきたんだ。選んでくれ」  陽介は、求人票の束を鞄から取り出した。過去の勲からのレイプ被害について補償する、という約束を、彼は忘れていなかったのだ。

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