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「ありがとうございます。そうですねえ……」  悠は、求人票をパラパラめくったが、何だか気乗りしない様子だ。しばらくして、彼はこう言い出した。 「せっかく探してくださったのに、悪いんですけど。僕、他に働きたい場所があって」 「どこだ?」  陽介が、眉をひそめる。悠は、にっこり笑った。 「陽介先生の事務所で、働かせてくれませんか?」 「――ええ!?」  陽介と蘭は、そろって大声を上げた。 「偽者を演じるために出入りしていた時、お仕事も手伝いましたけど、割と楽しかったから。僕、向いてる気がします」  悠が、けろりと言う。陽介は思案していたが、やがてうなずいた。 「よし、そうするか。正直、古城さんがいなくなって、今大変だしな。事務所の勝手がわかっているなら、都合がいい」  勲はあの後、宣言どおり幹事長職を辞任した。だが世間の目はまだまだ厳しく、議員辞職を迫る声もある。さらに、ヤミ献金に関しては、地検特捜部も動き出す気配だ。古城は、そんな勲を放っておけないと、彼の元に戻ったのである。 「わー、ありがとうございます! ぶっちゃけ、新しい秘書の人、タイプなんですよね」  しめたという笑みを、悠が浮かべる。古城の代わりに陽介が秘書として採用したのは、陽介の学生時代の友人である。それにしても、一体いつの間に目を付けたのか。蘭と陽介は、顔を見合わせてため息をついた。  ――まあ、前向きになってくれたのは、いいことだけど……。 「全く……。雇ってはやるが、恋愛の揉め事はおこすなよ?」  陽介が、釘を刺す。 「それから、俺は今から事務所に戻るから、一緒に来い。さっそく、働いてもらう」 「ええ~。ここのフィットネスルーム、今から使おうと思ってたのに」  悠が、悲壮な顔をする。このマンションに同居している間、彼は共用施設を、ちゃっかり満喫したらしいのである。 「来ないと、雇わないぞ。それから俺は、仕事には厳しいからな。ちょっとでも手を抜けば、容赦なくクビだ。わかったな?」 「はーい」  悠は渋々といった様子で、陽介に引きずられていったのであった。

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