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 手紙は、稲本への謝罪で始まっていた。 『聞きに来られた時、すぐに思い出せず、申し訳ありませんでした。あの時もお話ししたとおり、薫子さんには全然浮いた噂がありませんでした。高校でももてていましたが、特にお付き合いしている男の子はいなかったようです。それで、心当たりがないと申し上げました。  でも、あの後薫子さんが選挙に出馬されると知って、思い出したことがあります。そういえば彼女、当時から政治に関心があったな、と。政治家との交流イベントに、積極的に参加されていました』  そんな頃から野心家だったのか、と蘭は驚いた。 『薫子さんは美人で頭もいいので、イベントでも注目されていたようです。参加していた男性政治家の一人と、個人的に親しくなった様子でした。薫子さんは彼のことを、とても尊敬できる先生だ、とひどくほめていました』  もしや、と蘭は思った。その政治家が、相手だろうか。 『その後でした。薫子さんが、女子トイレで吐いているのを見たことがあります。そして数ヶ月後、彼女は高校を休学しました。お腹は目立たない体質だったのか、外見からは全くわかりませんでしたが。でもあれは、妊娠だったと思っています』  そのとおりだ、と蘭はうなずいた。自分を産み、育てようとして育てられず、養護施設の前に置き去りにした……。 『私の知る限りでは、その政治家の男性しか、子供の父親として思い当たる人がいないんですよね。ただ、何十年も前のことですから、なかなか名前が思い出せなくて。アルファで、当時三十代後半だった、ということは、かろうじて覚えていたのですが』  ――アルファ? 当時三十代後半……?  ふと、嫌な予感がした。 『私は政治や選挙にあまり関心がないのですが、薫子さんが出馬されるので、今回は注目していました。惜しくも、落選されましたが……。その後、政権交代の責任を取ると仰って、首相始め大物の政治家の方が、何人か辞任されましたよね。そのニュースを見て、あっと思い出したんです。その中に、あの時の政治家がいたんです。――白柳勲前幹事長です』

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