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”
パサリ、と手紙が落ちる。蘭は、呆然とした。脳裏に、いつかの沢木の台詞がよみがえる。好きになったアルファはいないのか、という蘭の質問に対して、彼女はこう答えた。
『 一人だけ、おりますが。高校の時です……』
あれは、勲のことだったというのか。そして、彼の子を産んだというのか。いやまさか、と蘭は思った。蘭が自分の子だと気づいた後、沢木と勲は電話で話している。その際の会話に、そんな気配はなかった。
――でも。
勲は、付き合った相手に子供を産ませてこなかった。堕ろせと言われるのをおそれて、沢木が黙って出産した可能性もある。
――じゃあ、俺と陽介は、腹違いの兄弟……?
蘭は、スマホを取り出した。もう一度、沢木からのメッセ―ジを読み返す。やけに焦って、会いたいと言ってきているのは、この事実を伝えるためだろうか。
――でも、もう遅すぎる……。
蘭は、そっと腹に手を当てた。自分はすでに、陽介の子を身ごもってしまったではないか。禁忌の子を……。
思い切って、沢木に宛てて文章を打ち始める。こうなったら、勇気を出して、直接確かめるしかない。
『返信が遅くなり、申し訳ありません。僕も是非、お会いしたいです。沢木さんのご都合に合わせますが、できるだけ早い日時を希望します』
メッセ―ジを送り終えると、蘭は自室に行き、手紙を机の引き出しにしまい込んだ。陽介の目に触れることがないよう、しっかりと施錠する。それから蘭は、寝室へ移動した。ベッドに潜り込み、横ですやすや寝ている海を見つめる。
――本当だったら、俺はどうすればいいんだろう……。
陽介とは、別れるしかない。アルファの彼なら、他に新しい番を作れる。その相手と、幸せになればいい。でも、海のことはどうすべきか。伊代との約束は守りたいが、番を解消すれば、自分は弱り、あっという間に死んでしまうだろう。それなら、陽介と新しい番に託す方がいいのではないか。
陽介と見知らぬオメガ、そして海が家族になっている場面を想像する。ぽろり、と涙がこぼれた。
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