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19 お前がくれた勇気
二週間後。蘭と陽介は、リビングで向かい合っていた。テーブルの上には、封筒が置いてある。DNA鑑定の結果だ。陽介はあの後、迅速に行動した。こっそり実家からせしめた勲の歯ブラシと、蘭から採取した検体とで、二人の間に父子関係があるかの鑑定を依頼したのである。
「君が確認するか?」
陽介が、静かに尋ねる。蘭は、黙ってこくりとうなずいた。深呼吸してから、封筒を開ける。専門用語が並べられた説明書は飛ばして、肝心な検査結果の紙を探し出す。
『DNA親子鑑定の結果……』
蘭は、深いため息をついた。その横にははっきりと、『親子関係否定』と書かれていた。
――よかった……。違った……。
そう思うのに、言葉にならない。蘭の表情を見て察したのか、陽介はにこりと笑うと、紙を取り上げた。
「生物学上の父親であることは否定、親子である可能性は全くありません、か」
陽介は、補足するように説明文を読み上げた。蘭は思わず、目頭を押さえた。こらえようとしても、涙があふれ出る。
「ああ、本当に……。この二週間、生きた心地がしなかった……」
沢木は家宅捜索の後、任意同行を求められ、予想どおり逮捕されたのだ。現在は、勾留中である。面会できなくはないが、捜査官立ち会いの下でそんな話をするのは、さすがにはばかられた。鑑定結果が出るのを、ひたすら待つしかなかったのだ。
「かわいそうに……」
陽介は立ち上がると、蘭のそばに来て背中をさすってくれた。
「全く、あの同級生のせいだな。余計な手紙を送ってきやがって……。でも、もう安心したらいい。体に気をつけて、無事出産することだけを考えろ」
うん、と蘭は小さくうなずいた。
「そういえば、健診にはちゃんと行ってるのか?」
「いや……、それが実は、行ってなくて」
怒られるかな、とひそかにおびえながら、蘭はかぶりを振った。陽介はああ言ってくれたものの、本当に産んでよいものか決心がつかなかった蘭は、健診をさぼっていたのである。病院で、幸福そうな他の妊婦や産婦と出会うのが辛い、という思いもあった。
「蘭!」
予想どおり、陽介がまなじりをつり上げる。
「あ、海のお風呂の時間だ!」
蘭は、素早く陽介の横をすり抜け、寝室へ駆け込んだのだった。
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