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 蘭は、絶句した。実を言うと、悩んでいたのだ。父親について聞くこと自体もだが、聞き出したら、どうすべきかと。会いに行くべきか、それとも会わない方がいいものか……。だがすでに、選択肢はなかったというのか。沢木が再び、申し訳なさそうに謝罪する。 「ごめんなさいね」   「……いえ」 「蘭って、名付けたのはね」  沢木は、唐突に言った。 「イメージが、ぴったりだったから。あなたが産まれて、初めて対面した時、真っ先にそう思った。美しくて、華やかで、高貴で……。女性名かなとは思ったけど、でもいいやって。蘭の花みたいに、気高く生きてほしかったから……」  ――そうだったんだ。 「いい名前だと思いますよ。気に入っています」  蘭は微笑んだ。チラと時計を見れば、早くも面会時間は終わろうとしている。蘭は、早口で告げた。 「……あの、辛い状況でしょうが、頑張ってくださいね。陽介は有能な弁護士ですから、きっとあなたの力になってくれます。あなたが社会に復帰されるのを、僕は待っています。……あなたの、孫と共にね」 「――!!」  沢木が、大きく目を見開く。 「差し入れもしましたから。僕の子供時代からの写真です。よかったら、見てください」  ついに沢木の瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。ありがとう、ごめんね、と嗚咽交じりに繰り返している。すると、捜査官が面会の終了を告げた。 「すみません、今日はこれで。でも、また来ますから」 「待って!」  沢木が、必死に叫ぶ。 「どうして、私が母親だと?」  蘭は、沢木をじっと見つめた。 「ずっと、探していたんですよ。……お母さん」  ここに来る前、蘭は例の盗聴データを削除したのだ。これで沢木は、一生知ることはないだろう。実の息子が、自分を盗聴し、告発しようとしていた事実を……。

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