239 / 257

 陽介が、一瞬きょとんとする。蘭は、彼の目を見つめて微笑んだ。 「俺さ、意地を張ってただけだと思うんだ。自分を捨てた母親なんか知るもんか、父親も知るもんかって。でも心の奥底では、やっぱり気になってた。お前が弁護を引き受けたって聞いて、最初はびっくりして、拒絶してしまった。でも、後から思い直したんだ。俺も勇気を出さなくちゃって。そして、お前におんぶに抱っこじゃなくて、自分で行動しないといけない、そう思ったんだ……」  蘭は、陽介の手を取った。 「お前、当選した後、俺にこう言ったよな。自分一人では、下野してまで勲先生と立ち向かう決断はできなかったって。俺が勇気をくれたからだって。俺も同じ。お前がいてくれたから、俺は沢木さんと向き合う覚悟を決められたんだ……」 「蘭……」  テーブル越しに引き寄せられ、きつく抱きすくめられる。陽介は、蘭の背中をさすりながら、よくやった、と囁いた。 「頑張ったな。よく、勇気を出したな……」  うん、と蘭はうなずいた。 「だって俺、もうすぐ親になるんだぜ? 海も含め、子供たちを守っていかなきゃいけないんだから。自分だって、しっかりしないとな」 「蘭は、十分しっかりしているよ。君には正直、驚かされっぱなしだ。今日だって」  陽介は、くすくす笑った。 「もう、俺に内緒にしていることはないだろうな?」  蘭は、陽介を見つめてにやりと笑った。 「さあな」 「ちょっ……、おい! まだあるのか? 一体何だ?」  蘭は、しれっと首を横に振った。 「教えない。それは、この先のお楽しみ」 「こら! 教えろ。気になるだろうが!」 「俺の弁当の投稿を削除したら、教えようかな」  陽介が、とたんに困り顔になる。 「う……、それはダメだ。君の初めての愛妻弁当、本当に嬉しかったんだから」 「じゃあ、教えねー」 「まったく……。しょうがない奴だな……」  諦めたように、陽介がため息をつく。蘭は、そんな彼の頭を引き寄せると、口づけた。キスを交わしながら、蘭はそっと腹に手を当てた。  ――驚けよ、陽介。あと八ヶ月後にな……。 

ともだちにシェアしよう!