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20 希望の未来(最終章)

 そして、八ヶ月の時が流れた。  蘭の病室は、大勢の人間でにぎわっていた。 「蘭さん、お疲れ。よく頑張ったわね」  そう労ってくれるのは、陽介の母だ。蘭の懐妊を知った後、彼女の態度はころりと変わった。彼女は、これまで蘭を避けてきたことを詫び、みごもったことをたいそう喜んでくれた。 『うちの人が、オメガにばかり夢中だったから。何だか悔しかったのよね。陽介を産んだ後は、跡継ぎもできたし用はないって感じで、ますますほったらかしにされるし……。話してみたら、蘭さん、すごく良い方だし。強情を張らないで、早く会うべきだった』  彼女は、そんな風に語っていた。 「バアバ」  最近伝い歩きができるようになった海が、陽介の母のスカートを引っ張る。彼女は、笑みを浮かべて海のそばにしゃがみ込んだ。 「ママに、頑張ったねって言ってあげて。海君、お兄ちゃんになるんだよ?」 「ガンバァ……?」  さすがに難しかったらしく、海が首をかしげる。可愛がってくれている様子に、蘭はほっとした。海の出生についてどう告げるべきか、陽介とは散々話し合ったのだ。結局正直に打ち明けたのだが、陽介の母は意外にもあっさり受け入れてくれた。むしろ、蘭が海を育ててきたことに感心し、恐縮した様子であった。 「ほら、可愛い赤ちゃんでしょう」  陽介の母は、海を抱き上げると、ベビーベッドの所へ連れていった。 「おじいちゃん、こんな可愛い孫に会えなくて残念だこと。塀の中だからね~」 「母さん、子供の前で何てこと言うんです!」  陽介が、顔色を変える。 「大体、まだ塀には入ってませんから!」  あの後、勲の献金を巡る捜査は進んだ。今や、逮捕は目前と言われている状況である。 「もうすぐ入るでしょ。ちゃんと罪を償ってこい、そうしないと孫には会わせないよって言っておいたから。あ、ついでにオメガ遊びを止める約束もさせた」  陽介の母が、けろりと言う。蘭は、あぜんとして彼女を見つめた。プライドの高いアルファ女性のイメージとは、まるで違う。  ――結構、うまくやっていけそうかも……。 「こういう人だから、よろしくな。驚いたか?」  陽介は、苦笑いしながら蘭に言った。 「えっと、まあ……」 「ま、俺は君に、もっと驚かされたけどな」  そう言うと陽介は、愛おしげにベビーベッドをのぞき込んだ。 「まさか、双子を産むとは。それも男女の」

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