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「悪い話じゃないぞ。沢木さん、政界進出は諦めたけど、新しい企業を設立するそうだ。それから、本も出版するって。ヤミ献金の裏側を暴露するらしい」 「へえ……。すごいバイタリティーだな」  蘭は、感心した。稲本が笑う。 「さすが、市川の産みの親だ」 「しかし、そんな情報をよくつかんだな」  陽介が、口を挟む。 「そりゃ、フリー記者としては、常にアンテナを張り巡らせてないとな。……俺、フリー向いてるみたいだ。社の方針に縛られず、自由に動ける」  稲本は、イキイキと語った。 「そういえば陽介、親父さんの方はどうよ? 逮捕されたら、お前、弁護を担当するのか?」 「まさか」  陽介は、即座に否定した。 「あの人なら、金でいい弁護士を雇うだろ。俺がしゃしゃり出る必要はない」 「冷たいもんだな。沢木さんのためには、あれだけ頑張ったのに、えらい違いだ。……じゃあ、『汚職で逮捕された父のために奔走する弁護士議員』の記事案はボツだな」  稲本は、残念そうにため息をついた。 「何だ、ネタかよ。……あ、それなら」  陽介が、ぽんと膝を打つ。 「これを書いてくれないか。俺、超党派の政策グループを、新しく立ち上げるんだ。若手議員が中心で、活動目的はオメガ保護」 「お、それは面白そうだな」  稲本は、目を輝かせた。 「国を良くするためには、与党がどうの野党がどうの、と言ってる場合じゃないからな。所属政党にこだわらず呼びかけて、志を同じくする者を集めたんだ」 「全くそのとおりだ。お前、さすがだな」  稲本は、感心したようにうなずくと、ふと時計を見た。 「ああ、悪いけど、次の取材の時間だ。陽介、その話、後でゆっくり聞かせてくれ。それから、めでたい時になんだけど、伊代さんの一周忌には、また来てくれよな。じゃあ市川、お大事に」  早口で告げて、稲本は出ていこうとしたが、蘭は呼び止めた。 「稲本。俺も後で、話したいことがある。頼みがあるんだ。フリー記者のノウハウを、教えてくれないか?」

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