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潜入大作戦! 1

※ 再公開に伴う特別番外編。19章~20章の間。妊娠中の蘭のお話です。  その夜、帰宅した白柳陽介は、おやと思った。いつもなら聞こえてくるはずの明るい出迎えの声が、無かったからだ。室内はしんと静まりかえり、真っ暗だ。  ――蘭、どうした……?  不安になり、陽介は慌てて靴を脱いだ。廊下を駆け抜け、リビングへと向かう。ドアを開けて、陽介はほっとため息をついていた。  愛しの妻・蘭は、ソファに寝転んだままうたた寝をしていたのだ。室内では、テレビが点けっぱなしになっていた。  ――最近、眠れていないみたいだったものな……。  五ヶ月に成長した海は、この頃夜泣きがひどいのである。そのたびに起きて世話をしているのだから、睡眠不足でも当然だろう。 「蘭、起きろ」  ゆさゆさと揺さぶれば、蘭はハッとしたように目を開けた。 「寝不足はわかるが、体を冷やすのは良くない。寝るなら、ちゃんと布団をかけないと」  蘭自身も、妊娠四ヶ月なのだ。陽介は焦ったが、蘭はけろりとしていた。 「うん、今度から気を付ける。って、あーっ。寝てる間に終わっちゃったか。あのドキュメンタリー、楽しみにしてたんだけど」  テレビ画面を悔しそうににらむ蘭の隣に、陽介は腰かけた。 「ドキュメンタリーって?」 「新聞記者の生涯を追う、って内容。すごい人なんだよ。賞も取っていて……」  そう語る蘭の横顔は一瞬寂しげに見えて、陽介は胸が痛んだ。  ――仕事、したいのだろうな……。  元々蘭は、不当な理由で新聞社を辞めざるを得なくなった。その後、縁あって陽介と結婚したわけだが、結婚生活のほとんどは、海の育児に費やされている。可愛がって育ててくれてはいるが、元々その世話を頼んだのは陽介だ。自分が蘭の自由を奪っている気がして、陽介は今さらながら罪悪感を覚えた。 「なあ、蘭」  陽介は、蘭の肩を抱いた。 「やっぱり、ベビーシッターを雇うべきじゃないか?」  だが蘭は、即座に否定した。 「いや。俺が自分で育てたい」 「そうは言っても……。俺だって、協力するには限界がある」  これまでも国会議員として多忙なスケジュールをこなしていた陽介だが、今はそれに、蘭の実母・沢木の弁護活動が加わった。家にいる時は、積極的に海の世話を手伝ってはいるものの、負担はやはり蘭に押し寄せているのである。 「気にすんなって。お前は、俺の母親のために頑張ってくれてんだからさ。俺は、この子のために頑張る」  相変わらず強情だ、と陽介はため息をついた。 「じゃあ、せめて息抜きをしろ。一日外出して、好きな所へ出かけるといい。その間、俺が海の面倒をみるから」 「いいの……?」  蘭が、目を見開く。ためらいつつも、その瞳には期待があふれていた。 「ああ。買い物でも映画でも行って、自由に過ごしたらいい……。ああ、そうだ。大学はどうだ? 籍、まだ置いてるんだろう?」  最初に陽介に近付いた時、蘭は身分を偽るため、とある大学の聴講生となっていたのだ。とはいえ、名目だけだそうだが。  ――外交的な蘭のことだ。人と接した方が楽しいだろう……。  いい案だと思ったのだが、蘭はあっさり却下した。 「今、夏休みだぞ」 「……そうだったな」  カクリと頭を垂れた陽介だったが、蘭はそこであっと声を上げた。 「あ、でも、大学といえば。面白そうなイベントをやってた気がする!」  蘭はスマホを手に取ると、大学のホームページを陽介に見せた。 「おお、菊池先生が講演をされるのか?」  陽介は、目を見張った。菊池というのは、オメガ保護に積極的なジャーナリストだ。陽介も数回会ったことがあるが、かなり意見が合ったものだ。 「この人、オメガのことを真剣に考えてくれてるじゃん? 一度、話を生で聴きたくてさ」 「うん。是非行って来るといい」  陽介としては優しく後押ししたつもりだったが、蘭はにやっと笑った。 「なら、ありがたく行かせてもらうけど。お前、海の世話、一人でできんの? 最近、やたら活発になってきてるぞ、あの子。目が離せないって感じ」 「……ハイハイは、まだなんだろう?」  やや不安になり、陽介は確認した。一応ね、と蘭が頷く。 「でも、早い子はそろそろらしいよ」  蘭は、テーブル上にあった育児書を広げて、陽介に見せた。 「てなわけで。陽介、くれぐれも注意して見てろよ?」 「わかった」  陽介は、珍しく緊張しながら頷いたのだった。

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