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その夜八時きっかりに、反町は蘭のホテルまで、車で迎えに来た。
「わざわざ、ありがとうございます」
助手席に乗り込みながら礼を述べると、反町はけろりと答えた。
「学校紹介ではお役に立てなかったばかりか、不安にさせちゃったからね。お詫びだよ」
「いえ、そんな……。けどスウェーデンの学童保育って、ずいぶん遅くまでやってるんですね」
「仕事を持つ女性やオメガが多いからね。そのケアが充実してるんだ」
進んだ国だな、と蘭は感心した。
「君の旦那さんも、もっと頑張らなきゃねえ。やっぱりアルファだから、そこには気が回らないのかな?」
運転しながら、反町が軽口を叩く。悪気は無いのかもしれないが、蘭はムッとした。
「夫は、オメガのことを誰よりも理解してくれています。歴代の首相と比較しても、あれほどオメガ保護に力を入れている人は、他にいないですよ」
「だから惚れたって?」
反町が、クスッと笑う。そこには軽い嘲りが含まれている気がして、蘭は何だか嫌な気分になった。
「昔から変わらないねえ、市川君は。いや、オメガはって言うべきかな。オメガを大事にしてるよって演技をすれば、すぐに引っかかる」
「ちょっ……、どういう意味ですか」
気色ばみかけて、蘭はハッとした。いつの間にか車は、町の中心部からどんどん離れて行っているではないか。学童保育所が、こんな外れにあるというのか。
「気が付いた? この車、ホテルに向かってるって」
反町が、薄く笑う。蘭は、とっさにドアに手をかけたが、その腕は反町につかまれた。さすがにアルファだけあって、相当な腕力だ。
「心配しないで。レイプしようってわけじゃないから」
反町が、淡々と告げる。
「番のいるオメガを襲うほど、僕は鬼畜じゃない。ただ、それらしい写真を作り上げるだけだ。日本のファーストレディーが、かつての職場の先輩と、海外で不倫してるような、ね」
「何……で……」
腕を振りほどこうともがきながら、蘭は反町をにらみつけた。
「番はいないって言ったのは、本当。でも、うっかりオメガを孕ませちゃってね。それも、結構なお家柄の。でもって、多額の慰謝料が必要になったってわけよ」
「写真を陽介に買い取らせようってのか? ……まさか、最初から計画的に!?」
「ご名答」
反町がにやりとする。
「いくら海外生活が長いからって、日本のファーストレディーの顔を知らないわけないじゃない。ああ、安心して。あの学校は、健全経営だから。校長に金を渡して、ちょっとした演技をしてもらったんだ。案の定、正義感の強い君は、心配し始めた」
車が、ようやく止まる。目の前には、艶めいた雰囲気の建物があった。
「レイプはしないけど、少しくらい役得があってもいいよね。君のことは、昔から狙ってた。でも、番犬みたいな稲本君がいつもへばりついていたし、僕は転勤になるしで、チャンスが無かったんだよ……」
ガタンと助手席のシートが倒され、反町が覆いかぶさってくる。
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