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 その時だった。  背後から、数台の黒塗りの車が走って来たのだ。それらはあっという間に、蘭たちの車を取り囲んだ。 「なっ……?」  反町が、きょろきょろする。車からは、黒スーツに身を固めた体格の良い男たちが、ぞろぞろと出て来た。運転席の窓を荒々しくノックされて、反町は気圧されたように窓を開けた。 「反町啓一(けいいち)だな? 白柳内閣総理大臣夫人誘拐、暴行の現行犯だ。車から、すぐに降りろ!」  男たちの眼差しは鋭く、口調は威圧的だった。  ――日本語? 日本のSP……?。  反町もそう思ったらしく、観念したように車から降りた。即座に、男たちが彼を拘束し、乗って来た車に押し込める。  ――助かった、のはいいけど。日本のSPがここへ来てるってことは、まさか……。  そのまさかだった。取り囲んでいた車の一台の、窓が開く。中からは、見知った顔が顔をのぞかせた。 「こっちへ乗れ」  陽介は、短く告げた。  陽介の車に乗り込むなり、彼は蘭をじろりと見た。 「これでわかっただろう。海外取材が、いかに危険か」 「ごめん。でも、どうしてここが? もしかして……」  ああ、と陽介は頷いた。 「出発以来、ずっと尾行させていた。怪しげな男が君にすり寄っているというので、すぐに素性を調べさせたよ。そして俺自身も駆け付けた、というわけだ」 「本当に、ごめんなさい。迷惑をかけて……」  蘭は、深々と頭を下げた。 「まったくだ。君は、一国の首相の配偶者という立場なんだぞ? 常に危険にさらされているといっても、過言では無い。でも言っても聞きやしないから、民間ボディガードに守らせたんだ」  おや、と蘭は思った。 「民間? SPじゃなかったの、あの人たち?」  そういえば、銃は持っていなかったと思い出す。 「妻がフラフラ海外渡航するのに、SPを付けられるか。税金の無駄だと、批判の対象になるだろうが」  首相の家族は、SPの警護対象から外れるのだ。確かに、と蘭は頷いた。 「重ね重ね、申し訳ない……」 「まあいいさ」  陽介は、ちょっと笑った。 「大事になったらマスコミが飛び付くし、スウェーデンとの関係もこじれる。だからむしろ、個人で雇った連中に始末させる方がいい」 「始末って?」  蘭は、恐る恐る尋ねた。 「あの男、相当数のオメガを弄んでは捨てていたようだな。中には、暴力団幹部の身内もいた。というわけで、あいつは今から、その組織に引き渡す」 「うわあ……」  反町本人の口ぶりからも、遊び人ぶりは察していたが。まさか、そこまでのことをしでかしていたとは。 「ところで君、ここまでのこのこ付いて来たのは、どうしてだ?」  事情を説明すると、陽介はため息をついた。 「まあ、君のその、正義感の強い所は好きだが……。もっと警戒しろ。そもそもこの国の学童保育は、学校併設だ。時間も、十八時まで」 「う、知らなかった。勉強不足だな、俺……」  蘭は、頭を垂れた。 「スウェーデンの政治家と話した時に、聞いたことがあってね」  陽介が、補足する。蘭は、そこではたと気付いた。 「あっ、今さらだけどお前、ここまで来ちまって平気かよ? 仕事が……」 「ああ、それなら心配無し」  陽介は、けろりと答えた。 「総理大臣だって、夏休みは取れるんだぞ?」

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