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第2話

 神の宿る国。太古の昔よりそう呼ばれる玄栄(げんよう)の国を知っているだろうか。その国はかつて巨大な帝国として世界に君臨しその名を馳せたが、他国が力を持ち始めると共に負け戦が続き、じわじわと領土を奪い取られていった。今ではかつての面影もなく小さな領土をいくつか治めるだけになっている。それも致し方のないことだろう。皇帝位は世襲制。名君の子が必ずしも名君とは限らないのだから。  そんな玄栄が神の宿る国と呼ばれるのは、何もかつての巨大な帝国を称えての作り話ではない。この玄栄には、確かに神が宿るのだ。  言い伝えにはこうある。  玄栄の国には必ず一人、神仙が舞い降りる。その姿はまさしく人で、人の腹から産まれるがその魂は神仙のもの。人の姿は地上にいる間の仮の姿でしかない。そして人の寿命と同じように仮の姿が死した時、神仙は天上へと帰り、また別の神仙が人の腹から産まれ出でて地上に降り立つのだ。  神仙はどこに産まれるのか。王族にか、平民にか、富める家にか、貧しき家にか、それは誰にもわからない。  神仙をどうやって見抜くのか。髪の色が違うのか、瞳の色が違うのか、いいやそれさえも誰にもわからない。  わかるのは、神仙本人だけだ。それゆえに時折、神仙を名乗る偽者もいれば、本当は神仙ではないのにその功績ゆえに人々から神仙と崇められる者もいる。  誰が真の神仙なのか。人々は常にそう問いかけながら帝都の方へ視線を向けた。  帝国と呼ばれることも、無駄に広すぎる少し痛んだ宮殿も、今の小国となった玄栄には虚しさが募るばかりだろう。そんな玄栄の玉座に座るのはでっぷりと太った壮年の男だった。名を白 栄徹(はく えいてつ)というこの皇帝は一言でいうならば暗愚だろう。学もなく、才もなく、それゆえの努力もない。彼の代で領土を敵国に二つも取られてしまったが、それさえもどうでも良いというかのようにただただ玉座に座り、ただただ享楽に溺れた。  女色にも溺れた栄徹には十三人の子供がいたが、その多くは流行り病で儚くなり、現在では無事成人した皇子が二人いるだけである。  第六皇子である夕栄(せきえい)は大変優秀であらゆる学問に精通し、物腰柔らかく貴賤を問わずその声に耳を傾ける。王者の覇気というものはないが、だからこそ穏やかな彼に民は親しみを持っていた。だが彼に王位継承権はない。野心を持った妾妃である母親や親族達が遅効性の毒を皇后に盛って暗殺し、後に己が皇后になれないとわかると謀反を起こそうとした。当時はまだ幾人もの皇子がおり跡目争いをしていたこともあってその企みは彼らによって暴かれ実行されることはなかったが、その事実は消えない。それゆえに母は自害するよう命じられ、親族は国を追放された。そして夕栄も永久に王位継承権を剥奪されたのだ。だが、元々王位争いに参加するつもりのなかった夕栄は特に気にした様子もなく、皇太子を補佐することで納得していた。  そんな中で皇太子となったのが第九皇子の栄鷲(えいじゅ)だ。栄鷲は夕栄とは真反対と言えるだろう青年で、学問よりも身体を動かすことを得意とし、難しいことは考えたくないというような部分もあった。だが栄鷲の性格が悪いかと言われれば、決してそうだとは言えないだろう。彼は兄である夕栄をとても大切にしており、敬ってもいる。彼なりに善悪を考えることもあり、栄徹の振る舞いに眉を顰めることもあった。ただ本人は考えることよりも剣を振るう方が性に合っていると公言しているだけで。  民から愛され、栄鷲が大切にする夕栄は、しかし王位継承権を剥奪されていることからその言葉に耳を傾ける者はほとんどいない。栄徹はそもそも享楽に溺れるばかりで政に関心はなく、臣下も貴族ばかりであるため民の生活よりも己の栄華、己の保身しか頭にない。栄鷲はそういった話は不得手で、のらりくらりと逃げている。  たとえ憂い、智慧を尽くそうと国という大きなものを動かそうとするには権力と協力者が必ずと言ってよいほどに必要だ。たとえそれが小国となった玄栄の国であったとしても。  それと同じように、武力だけでは国を栄えさせることはできない。領土を広げれば国は豊かになるのか? だがそれには屈強な兵と武器が必要になる。そして莫大な金も。ならば勝ったとて民の生活は決して豊かにはならないだろう。そして、戦は必ずしも勝てるとは限らない。負ければ、さらに国は衰退してしまう。  夕栄と栄鷲、どちらにも足りないものがあった。智慧はあれど力がなく、力があれど智慧はない。それが玄栄の民にとっての不幸だったのかもしれない。  男は働きすぎてボロボロになった手を合わせ祈る。女はやせ細った乳飲み子を抱いて涙さえ涸れはてた(まなこ)で空を見上げる。 〝どうか、どうか我らに神仙の慈悲をお与えください〟と。  そしてこの時、民衆の願いを聞き届けるように一人の青年が帝都に足を踏み入れた。

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