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第10話
大学からさほど遠くない所にあるアパート。少し年代を感じるものの、比較的綺麗な建物だ。
アキラは部屋の番号を確認して階段を上がる。
「203……203……」
二階のカナトの住む部屋までたどり着き、インターホンを押す。
応答はない。物音も聞こえてこない。
再度押して反応を待つが、やはり応答はなく、何も聞こえない。ダメ元でドアノブを捻ると呆気なく扉が開いた。
玄関に入ると、よく整頓されているキッチンや洗濯機が目に入った。散らかっている様子はなく、キッチンも綺麗なままだ。ゴミ袋が積み上がっていることもない。
どうやら大学へ行く以外はいつも通りの生活をしているようだ。
「病気で動けない……ってことはなさそうだな」
リビングに繋がるであろう扉は閉められている。カナトはそこにいるのだろう。
アキラは玄関で靴を脱ぎ、リビングの扉を開ける。
「おい……カナト。玄関が開いたままになってたぞ。危な……」
目に入った光景に、アキラはそれ以上言葉を紡げなくなる。
部屋を埋め尽くす白、白、白。
部屋中に紙が散乱していた。
床にも、テーブルの上にも、ベッドの上にも。
ノートを破った紙には書き殴ったような字で『せんぱい、ごめんなさい』、『すてないで』、『おれだけをみて』などの文字が書かれていた。
ベッドには布団にくるまったカナトがいて、布団が規則正しく上下していた。
目元は赤く染まり、頬には涙がこぼれた跡がある。
この二週間ずっとこうして、いつも通り通りの生活をしながら、あの時の事を思い出しては、誰にも言えない思いの丈を泣きながら書き殴っていたのだろう。
それ思うとアキラの心は、どうしようもなく打ち震える。
ーー愚かしくて、一途で、可愛そうで、愛しいカナト。
俺の言葉で、態度で、こんなにもおかしくなってしまった。
眠るカナトの頭を優しく撫でる。柔らかい髪の質感を味わうように何度も何度も。
しばらくそうしていると、カナトの瞼がピクリと動き、ゆっくりと目が開かれる。
「おはよう、カナト」
カナトが顔を動かして、こちらを見る。ベッドの上で座り、ぱちぱちと瞬きをしているが、まだボーッとしている。
「……せん、ぱい……? 」
「お前が大学に来ないからみんな心配してるみたいだぞ。課題とか色々預かってきた、ここに置いとくからな」
テーブルの隅にそっと紙袋を置く。
カナトはじっとこちらを見ている。そわそわとして明らかに動揺しているが、それを隠すようにカナトはそっけない素振りで言葉を紡ぐ。
「どうしてここに来たの、先輩」
「頼まれたのもあるが、俺が気になったからだよ」
「うそ。先輩はもう、俺の事なんて……」
じわりと溢れた涙が頬を伝い、シーツに染みていく。
「色々試したいって、言ってたじゃん。俺のこと、飽きちゃったんでしょ……? 」
「カナト、違う。誤解だ」
「言い訳なんて聞きたくない。……出てって」
「いや、よく聞け。あれは俺が掛け持ってる海外お菓子研究会の話だ」
突然の聞き慣れない言葉に、カナトは涙を浮かべたまま、きょとんとする。
「海外、お菓子、研究会……? 」
「簡単に言えば、海外のお菓子を食べ比べるサークルで、メンバーはそれぞれお菓子を持ち寄る事になっている」
「う、うん」
「それで最近集まりが悪いから、あの子から他のメンバーに声かけてもらってたんだ。俺ばっかりお菓子を出すと好みが偏るから、なるべく他のメンバーにも参加して欲しくてさ」
「……そ、そうなの」
「だから、カナトのこと飽きたとか、捨てるとか、そういう事じゃない」
「……そっか、そうなんだ、良かった」
カナトはホッとして、胸を撫で下ろす。
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