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第3話
「幼子の…浅はかさ…か。」
口を開けた人と思われる者のぞくっとするような掠れた低い声に身震いする。
「お前…魔人、なのか?」
「如何にも…私は、この世界で…最後の魔人。」
にまぁと口のあったと思われる部分が開く。
しかし、そこに人の持つ色味はまったくなく、ただ暗く深い闇が見えた。
「だけど、魔人は全て天に昇ったはず。あの岩も、天に昇った魔人が残した呪いを封じたと…。」
俺が夕から聞いた話を魔人だと言う者に向かって投げかける。
「この場に呪いを封じたのは事実。全ての魔人の呪いをこの身に飲み込み、天に昇られぬこの身と魂の消滅するをここで静かに待つ我と言う呪いをな。故に天に昇れた者達の呪いである事に違いはない…という事だ。」
自嘲気味に笑うと、その顔をゆっくりと夕に向けた。
「ひぃっ!」
夕が我慢できずに小さな悲鳴を上げる。すでにその瞳からは恐怖による涙が流れていた。
「我が恐ろしいか…ならば、ここに近付くべきではなかったな。」
顔の上部の窪んだ二つの孔が俺達を見つめる。
唾を飲みたくても口の中はカラカラで、喉が引っ付く。いがつく痛みに咳き込みそうになるが、ない唾をかき集めるようにしてその痛みと共に飲み込んだ。
暫く俺達を交互に見ていた魔人が、頷きながらその口を開いた。
「そうか…お前は無理矢理に連れて来られただけのようだな…ならば、その罪はこちらの者に負わせよう…このままお前の世界に戻るがいい。」
夕に向かってそう言うと、すっと片腕を上げた。
しかし、それを阻止するように夕が声を張り上げた。
「宵だけを残して戻れない!」
魔人の腕が上がり切る直前で止まり、そのまましばらく夕の顔を見ていたが、ふっと笑うとその腕を下した。
ザザっと夕に近付くと夕が顔を背けるが、その頭を掴んで自分の方に無理矢理向ける。
「やだっ!ひぃっ!!」
その顔を目の前に突き付けられ、恐怖に再び悲鳴が漏れガタガタと震え出す。
「やめろっ!夕から離れろっ!!」
縛られて不自由な体を必死に動かし、夕の元に摺り寄る。
それを横目で見ると夕の頭から手を離し、俺に歩み寄った。
「お前の罪…呪いを馬鹿にし、我をも馬鹿にした。…もう、この身が枯れ果てるのを静かに待つまでだったが…面白い。我のこの命をお主達への呪いに変じよう。」
「何を、するつもりだ?!」
ぐっと顔が近付き口が開いた。まるで吸い込まれそうな闇。
その奥、喉の方からひゅうっと言う空気の洩れるような音がした。
「ぅわぁっ!!」
夕の叫び声と同時に魔人の体が俺から少し離れた。
その足から砂のように体が崩れていく。
「お前には永遠の命、そしてお前には生まれ変わりの約束。縛るは永遠に変わらぬ愛。その代償は我が生命。我の魂の消滅により、これを破る法は無。呪いの恐ろしさをその身で永遠に…」
はははと笑うと両手を大きく広げ、俺と夕をその腕の中に包み込んだ。
まるで呪いとは程遠い、何故か温かさすら感じながら抗いきれない睡魔に襲われた。横を見ると、夕はすでに瞼が閉じ、体から力が抜けている。
夕!と呼びかけようにも口は重く、瞼も閉じかけたその時、魔人の見えない筈の顔が見え、その口が柔らかく微笑んだような気がした。
「呪いにより、我はこの世に留まれる。その心に永遠に…」
それが最後に、もう何も聞こえず、何も見えず、何も語れず、俺は意識を手放した。
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