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第7話
「お兄さんが神様?」
それは突然の訪問だった。
辛く苦しい夕との別れから数年経った頃、ぼーっと家の前で雲の流れを見ていると、がさっと言う音がした。
ここには俺に危害を加えるような大型の動物はいないはず…、だがいつも見るような小型の動物にしては大きな音のようなと思いそちらに振り返ると、7、8歳くらいの男の子がちょこんと立っていた。
「ねえ、あなたが神様なの?」
そう言うと、俺の周りを飛び跳ねるようにしてぐるぐると走り回る。夕以外の人と出会うのもこの呪いにかかってからは本当に数百年ぶりで、しかもこのように小さい子供とは呪いにかかる前にも接点のない生活をしていた為、どのように返答したらいいのかわからずに困惑して質問を返してしまった。
「なぜ、ここに来た?」
まるで子供に話しかけているようには聞こえない位に優しさの欠片もない声で尋ねると、冒険だよ!と屈託のない笑顔が返って来た。
「お父さんが毎日コソコソと何をやっているのか不思議に思って尾けて来たんだ。そしたらお父さんに尾けて来たことがバレそうになったから急いでこの祠の中に隠れたらここに出られたってわけ。」
ヘヘッと鼻の下を指で擦る。
いつの時代にも危なっかしい奴はいるもんだなと自分の事を棚に上げて思う。
「そうだ。俺がお前が言うところの神様ってやつだ。いいか、俺がここにいる事は二人だけの…男同士の秘密だ。さぁ、父親が心配する前に家に戻れ。」
手を犬猫を追い払うように動かすと、分かったと笑顔を残して少年は来た道を駆け戻って行った。
冷たくあしらったものの、じつのところ思いがけない久しぶりの人との会話に鼓動は高鳴り、その夜は寝付けぬまま朝を迎えた。
「神様〜!」
それからその子供は暇があると家に遊びに来るようになった。初めの内は父の言いつけもあり来ないようにする為に出会った時と同じく冷たくあしらっていたが、それでもその子は全く臆することなく家に来続け、ついには俺の方が折れた。
そうやって数年間、一緒の時間を過ごしていた子供はいつの間にか立派な青年へと変わり、代が変わり俺に供物を捧げる役目を担うようになった。
今までの奴らとは違い、こいつは祠を通り抜けて食べ物や日用品を俺の家に直接届けに来る。それまでの奴らには言えなかった欲しいものを頼め、持って来てもらえるのは本当にありがたかった。そして、物もさることながら俺はヤツが来ることを待ち望むようになっていた。来るとこいつとお茶を飲み、会話を弾ませ、そうやってしばらくは二人だけの時間を楽しんだ。
ある時、いつも通りに供物を届けに来たあいつの顔が珍しく曇っていた。どうした?と聞くと、見合いをすることになったと言う。
そうか、もうこいつもそんな歳になったんだなと、父親みたいな気持ちで嬉しく思った俺はそのことを素直に告げた。
「良かったじゃないか!だが結婚したら、あまりここには来れなくなるのか…寂しいが、お前が幸せになれるなら仕方ないな。ともかくおめでとう、雪。」
そう言って微笑んだ俺のシャツの襟元を雪がぐいっと掴み、俺のことを引っ張った。
「危ないじゃないか!?」
そう言って、雪の手をひっぺがそうとするが思いのほか強い力にびくともしない。
「宵は俺のことどう思っているの?」
その言葉と真剣な瞳に頭の中で警報音が鳴り響く。
これはマズイぞ。夕の顔を思い浮かべ、気持ちを落ち着かせると雪の瞳を見つめた。
「お前は俺にとって息子みたいなものだ。息子の幸せを俺は父親として願い望んでいる。それ以上の気持ちは俺にはない。さぁ、分かったらこの手を外してくれ、雪。」
「嫌だ!あんたは俺の気持ちをわかっていてそう言うことを言うのか?俺は結婚なんかしない!本当は家になんか帰らず、あんたとここで過ごしたいんだ!なぁ、いいだろう?宵、いいって言ってくれよ!」
そう言うと雪が顔を近付けて来た。
手を突っぱねて避けようとするが、呪いによって不老となった俺の身体は未発達のままで止まり、大人の男の力には到底叶いはしなかった。
「宵、好きだ。愛しているんだ…宵、ごめん。」
ごめんが何の謝罪か分からず、合わさった夕とは違う唇とがっしりとした体に包まれた俺は、されるがままに舌を絡め合い、甘い吐息を漏らしていた。
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